しかし、紗也香さん(23)は「特に面倒を見ていた意識はない」と話す。

「弟の目を悪く言う子がいると、すごく腹が立ちました。弟がやり返さないので、私がやめてって言ってケンカするんです。私は弟のこと、大好きなんですよ。勉強もよくするし、優等生でえらいなって」

同じ障害のある友達を作ってあげたい

 幸男くんは未就学のころから、スイミングスクールや音楽教室などあらゆる習い事を経験し、スキー合宿や潮干狩りなど子ども向けイベントにも積極的に参加した。

紗也香さんと一緒にスイミングスクールほか、さまざまな習い事に通った
紗也香さんと一緒にスイミングスクールほか、さまざまな習い事に通った
【写真】自転車、スイミング、一人での通学、何にでもチャレンジする幸男くん

 健常者向けのレッスンでは、幸男くんがわからないことも多い。音楽教室では楽譜を読めないため、耳で聴いた音をまねて練習していた。

 だが、みゆきさんはフォローを忘れない。文字が浮き出る立体プリントをして指でなぞらせながら「これはト音記号、みんなはこういう楽譜を見てピアノを弾くんだよ」と教えた。

 幸男くんは「みんなと同じようにできないことも多々あって、できない自分が嫌だったこともある」と振り返る。

 そんな息子の様子に気づいたとき、みゆきさんは“その1日、どの瞬間に息子が笑っていたか”を思い返し、「ここがよかったよね」「あそこは楽しかったよね?」と聞いた。

「“うん”って言わせて、“そうか、じゃあまた行こうね!”って話してから1日を終わらせていました。何事もポジティブにとらえる癖を身につけてほしかったから」

 視覚障害者は、身体障害の中でも人数が少ないといわれている。幸男くんが通っていた当時、山梨県内の盲学校には、幼稚園から大人まで、最も人数が多かったときで約50名ほどいたが、年齢は3歳から60歳くらいまでと幅広く、友達は持ちにくかった。

 そこで、紗也香さんが友達と遊ぶときには、幸男くんを交ぜてもらったりしていた。

「どうして僕には友達がいないの?」

 悲しそうな表情で学校帰りの幸男くんがそう言ったのは小学3年生のときだ。

 一般の公立学校との交流は、みゆきさんが学校にかけ合い、従来週1回だった授業を週5回に増やしていた。そこでは同級生が遊んでくれた。しかし彼にとって一般の学校の友達も、紗也香さんの友達も、「遊んでもらっている」だけで、同等に「遊んでいる」という感覚ではなかった。

 同じ障害のある友達をつくってあげたい……。みゆきさんはテレビで全盲の子がいると知れば、会いに行った。

「神奈川にいる子に会いに行きたい」と言ったときも快諾されたと幸男くんは振り返る。

「遠すぎるし、ダメだろうな、と思いながら聞いたんですけど“いいよ! 行こう”と即答されて、“え、いいの!?”って(笑)。驚きましたね」

 みゆきさんは決して、面倒だから、忙しいからという自分の都合を子どもに押しつけなかった。