高視聴率を反映してか、ドラマの打ち上げもそうとう“型破り”なものだったようで……。

「ビンゴ大会の景品は、かなり豪華でしたね。第1シリーズのときは、当時だと30万円から40万円近くする液晶テレビが、スポンサーさんから提供されました。第2シリーズでは、ドラマ内で久利生が実際に着用していたロレックスが、そのまま景品として出されたんです。この時計を当てた美術スタッフは泣いて喜んでいたそうですよ(笑)」(制作会社関係者)

個性あふれる検察官たちが顔をそろえるシーンは、コミカルなやりとりも見どころだった(ドラマ『HERO』より)
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脚本家と音信不通に

 華々しい成功の陰には、予期せぬトラブルもあった。

「今でこそ『HERO』といえば福田靖さんが脚本という認識ですが、当初、脚本を担当するはずだったのは大竹研さんという方でした。フジテレビのヤングシナリオ大賞を受賞して優秀な新人として期待されていたんですが、第1話の脚本を書いた直後に連絡がとれなくなり、失踪状態になってしまったんです」(同・制作会社関係者)

 そこで急きょ、3人の脚本家を選び、交代制で書いていくことになった。

「ものすごく短い期間で脚本を書かなければならないので、キャストに台本が届くのもいつもギリギリ。深夜の撮影が続く毎日で、かなり切羽詰まった現場でしたね」(同・制作会社関係者)

 彼が失踪状態に陥ったのは、“木村が出るドラマは、視聴率30パーセントが当たり前”という重圧に耐えきれなかった可能性があるという。

「当時のフジテレビは視聴率に厳しく、数字を取れないとテレビ制作とは無縁の部署に左遷されると言われていたほどです。ドラマスタッフをはじめ、脚本家にもそうとうプレッシャーはかかっていたでしょう」(フジテレビ関係者)

 人気ドラマは、今も昔もとてつもない緊張感のなかで作られているのだ。