49分の犯行

 その日は朝から雨が降り続いていた。

 1996年9月9日夕、順子さんは自宅で何者かに殺害され、放火された。

 遺体は2階にある両親の和室で見つかった。口を粘着テープでふさがれ、首には複数の刺し傷があった。傷痕から小型刃物が使われたとみられるが、現場で犯行に使われた凶器は見つかっていない。

 両手は粘着テープで、両足はストッキングでそれぞれ縛られ、遺体には布団がかけられていた。着衣に乱れはなく、死因は失血死とみられる。

 順子さんはすすを吸っていなかったことから、犯人は殺害後、証拠隠滅のために火を放った可能性がある。

 2日後に米国留学を控えていた順子さんの自室には、旅行カバンやリュックサックが用意されていたが、物色された形跡はなく、トラベラーズチェックや現金など14万円相当は手つかずのまま。

 順子さんは父、賢二さんと母、幸子さん、姉の4人暮らし。その日、賢二さんと姉は仕事で外出しており、幸子さんは午後3時50分ごろ、パート先の美容院へ出かけ、順子さんは1人になったところを襲われた。

 火災の110番通報があったのは午後4時39分で、犯人は49分という短時間で犯行に及んでいた。

 自宅玄関前では、不審な男が目撃されていた。年齢は30代後半、身長約160センチで、黄土色っぽいコートを着ていた。このほかにも不審人物の目撃情報は複数あるが、警視庁が似顔絵まで公開したのはその男性1人だけだ。

 しかし、放火によって物証が極めて少なかったため、捜査は難航を極めた。

 その後の調べで、粘着テープは静岡県下の工場で平成6年1月以降に製造されたものだとわかった。粘着面には犬の毛や植物片などが付着していたことから、犯人が着衣などを通して外から持ち込んだ可能性がある。

 玄関近くで見つかったマッチ箱に付着していた微量の血液、順子さんにかけられた布団に付着していた血液からそれぞれ検出されたDNA型が一致し、犯人の血液型はA型であることも判明した。

 マッチ箱は放火に使われたもので、付着した血液は、犯行時に犯人が何らかのケガを負ったためとみられる。

 順子さんの両足が縛られたストッキングは「からげ結び」と呼ばれる、特殊な結び方が使われていた。

和風の着付け、竹垣の固定に用いられる特殊な結び方。ほかにかいずる、かがり、からみ結びとも呼ばれている
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 警視庁はこれまで、捜査人員のべ約10万6800人を投入し、順子さんの交友関係を中心に約8千人から事情聴取した。亀有警察署に設置された特別捜査本部は現在、23人態勢で捜査を継続中。寄せられた情報は1547件にのぼるが、犯人逮捕につながる有力な手がかりは得られていない。

 警視庁の渡會幸治捜査第一課長は、犯人像についてこう説明した。

「事件が平日午後4時ごろに発生していることから、この時間帯に犯行可能な男性と思われます。周辺の土地勘がある可能性はありますが、順子さんと顔見知りかどうかはわかりません」