本物の安らぎは人とのつながりから

 依存症は確かにむずかしい病気だ。何度も何度も繰り返しがちだ。田代まさしさんの例を見て「それみたことか」という人も多い。

 しかし、回復することは不可能ではない。『下手くそやけどなんとか生きてるねん。 薬物・アルコール依存症からのリカバリー 』(現代書館)の著者の渡邊洋次郎さんは、アルコール依存症で精神病院に48回入院し、犯罪を犯して刑務所で3年間服役した正真正銘の依存症患者だった。しかし、出所後、自助グループにつながることができた。

 多いときには、午前・午後・夕方・夜と、1日4回もあちこちの自助会のミーティングに参加していた。お金がないので、自転車で大阪市内を縦横に移動していたこともある。多くの仲間ができ、お酒や薬物から離脱できた。現在は施設職員として働くかたわら、大学などから呼ばれて講演活動を行っている。この3月には、離脱して11周年の記念日を迎えた。

 自著には、依存していた時代の赤裸々な暮らしが描かれる。ここまでしてよく死ななかったと思うような荒れた生活だ。なぜそうなったのか、自問し、子ども時代まで遡(さかのぼ)って理解しようとする真摯(しんし)な姿がある。彼もまた、幼いころから、生きづらさを抱えてきたのだ。

 相模原障害者殺傷事件植松聖被告は大麻を濫用していた時期があったという。死刑判決が下った3月16日、彼は裁判の最後で発言を求めたが、発言は許されなかった。最後に言いたかったことを記者が尋ねると、

世界平和に近づくためには大麻が必要

 と答えている。彼もまた、大きな生きづらさを抱えていたのかもしれない。美容整形を何度も繰り返したことも、その表れに思える。大麻だけが、彼に安らぎを与えてくれたのだろうか。それが世界を救うと妄想するほど、大きな安らぎを。

 薬物の恐ろしさは、“偽物の安らぎ”を安易に与えてくれるところにある。現実世界ではとても得られないような安らぎを一瞬にして得られる。しかし、人とのつながりを実感できるようになると、そこから生まれる安らぎや喜びが、“偽物の安らぎ”よりもずっと大切でいとおしいものだとわかってくる。依存症者は、そうやってお酒や薬物から離脱していく。

 そのつながりを実感できる場が、新型コロナウイルスによって奪われてしまった。なんとか生き延びてほしい。お酒や薬に頼らずに、人間に頼ってほしい。ミーティングがなくても、人に助けを求めていいんだと、伝えたい。周囲の人も、依存症者が彼らを理解して、手を差しのべてほしい。新型コロナウイルス旋風のなか、つながりを断ち切られ、自分自身と戦っているすべての勇士たちに、エールを送りたい。あなたはひとりじゃないよ。

『下手くそやけどなんとか生きてるねん。 薬物・アルコール依存症からのリカバリー 』(現代書館 )著=渡邊洋次郎
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PROFILE
●寮 美千子(りょう・みちこ)●作家。東京生まれ。 2005年の泉鏡花文学賞受賞を機に翌年、奈良に転居。2007年から奈良少年刑務所で、夫の松永洋介とともに「社会性涵養プログラム」の講師として詩の教室を担当。その成果を『空が青いから白をえらんだのです。
 奈良少年刑務所詩集』(新潮文庫)と、続編『世界はもっと美しくなる 奈良少年刑務所詩集』(ロクリン社)として上梓(じょうし)。『写真集 美しい刑務所 明治の名煉瓦建築 奈良少年刑務所』(西日本出版社)の編集と文を担当。絵本『奈良監獄物語 若かった明治日本が夢みたもの』(小学館)発売中。ノンフィクション『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』(西日本出版社)が大きな話題になっている。