師弟関係のバトンをつなぐ

 子どもたちのほかに、寺島が今、厳しくも温かい眼差しを向ける人物がいる。それが一昨年から付き人を務めている大木優希さん(25)だ。

「バラエティー番組で、北野監督の言葉“役者は死ぬ前に天下取ったら勝ち”について語る寺島さんを見て感銘を受けました。寺島さんのそばで学んでみたいと思って、付き人に志願したんです」

主役を務めるドラマ『駐在刑事』の撮影あ愛弟子の大木さんと
主役を務めるドラマ『駐在刑事』の撮影あ愛弟子の大木さんと
【写真】寺島進、ボンタン姿の高校時代

 挨拶や運転の仕方から現場でのふるまい方まで、事細かに教えを受けているという大木さん。ラーメン屋に連れて行ってもらったときには、こんなことがあった。

「僕が大きな音を立ててラーメンをすすっていたので、店を出てから“あのラーメンの食べ方、行儀悪いぞ”と注意を受けました。あえて食べている最中に言わなかったのは、僕が店で恥をかかないように配慮してくれたのだと思います」

 “見て見ぬふりする大人”が増えている中、寺島のような存在は珍しい。事実、大木さんの周囲には、これまで本気で叱ってくれる大人はほとんどいなかったという。

「だからこそ、すごくうれしかったし、その後も“あのとき、俺が叱った意味、わかるか”と確認してくれて。こちらのことを本当に思ってくれているのが伝わってきました」

 この話を聞いて、思い出したことがある。そう、松田優作さんのエピソードだ。かつて憧れの人が自分に渡してくれたバトン。それをいま、寺島は若い世代につなごうとしているのだろう。

 大木さんと寺島の間には、若き日の寺島と北野監督との関係を連想するような出来事も。

「『駐在刑事』で僕も役をいただく機会があったのですが、撮影中に緊張しすぎて何度もNGを出してしまって。そうしたら寺島さんが“深呼吸して力を抜いてみろ”と緊張をほぐしてくれました。また、あるときには、“俺とお前は師匠と弟子みたいなものだろ”と言ってくださったこともあります。“弟子”と認めてもらえたようで、胸が熱くなりました」

 その大木さんを、寺島は「よく頑張ってる」と評し、こう続けた。

「“後進を育てる”なんてたいしたもんじゃないけどね。ただ、これまでたくさんの人にお世話になってきたご恩を返せたら、という思いがあるんです」

 50代後半に突入し、体力や記憶力が昔に比べて衰えたと感じることはあるという。しかし、年齢を重ねることへの恐怖はないそうだ。

「白髪も増えてきたけど、役柄で必要なとき以外は染めない。目元のシワも自分の経歴だから、隠す必要なんてないと思う。最近では、行きつけの銭湯で“寺島さんはおじさんのヒーローなんだから、がんばって”って言われることもあるからさ。いい年の重ね方をして、男性からも女性からもモテる男でありたいね」

「最近、人情派の役が増えたけど、またギラギラした役にも戻りたいね。カミさんが、『子育てが落ち着いたら、進さんはもうひと皮むける』と言ってくれているので、それも楽しみですね」と寺島 撮影/伊藤和幸
「最近、人情派の役が増えたけど、またギラギラした役にも戻りたいね。カミさんが、『子育てが落ち着いたら、進さんはもうひと皮むける』と言ってくれているので、それも楽しみですね」と寺島 撮影/伊藤和幸

 寺島は、役者としての高みをどう見据えているのか。半生をつづったエッセイ『てっぺんとるまで! 役者・寺島進自伝』のタイトルにもある“てっぺん”とは、何を意味するのだろうか。

「正直なところ、それは自分でも明確に定まっているわけじゃない。“てっぺん”って、ある意味、役者としての評価につながるものでもあり、自分が死んだ後に周りが決めることなんじゃないかな。役者ってそういう仕事だと思う」

 そう言った後、「ただひとつ言うならば……」と、言葉をつないだ。

「やっぱり北野監督かな。もちろん、北野監督という圧倒的存在を超えられるわけはないっていうのはわかっているんだけど、そこに少しでも近づきたい。親を超えることが子の使命ってよく言いますよね。だから、俺が大きく成長することが恩返しにつながるんじゃないかって思うんですよ」

 若いころからずっと追い求めてきたのは“誰かの圧倒的なヒーロー”になること─。寺島の目に宿る強い光が、そう語っているような気がした。


取材・文/音部美穂 おとべみほ フリーライター。週刊誌記者、編集者を経て独立。著名人インタビューから企業、教育関連取材まで幅広く活動中。共著に『メディアの本分 雑な器のためのコンセプトノート』(彩流社)。