手をいったん握り、振り払った

 谷川さんが「都議から聞いていますよ。東京都から説得されたでしょう? 新宿区はそういう独自の判断をしちゃだめですよ、事業の趣旨と違いますよと説得されているでしょう?」と強く問うと、課長は「(東京都から)一律の延長をしたらどうですか、全員(ホテル宿泊延長を)使うことはできますよ、と言われましたけど」とポロッと本当のことを言ってしまったものの、「言い訳ばかりしてごめんなさい」とは一度も言わなかったし、その後にはまた「説明が足りなかった」だけと、部長と並んで顔色ひとつ変えずに言い続けるのだ。

 稲葉さんは言う。

「ネットカフェにいらっしゃる方は、私たち民間の支援団体もこれまでアプローチがしにくかったんですね。路上の人なら夜回りや炊き出しでコミュニケーションとれるのはあるけど、ネットカフェの方々はさまざまなご事情があってSOSを出しづらい方が多いんですよ。

 それが緊急事態でネットカフェが閉鎖になって、どうしようもなくなって、みなさんSOSを出されたんです。それだけ困ってるんです。その、やっとの思いでSOSを出された、困ってる人の助けを求めた手をいったん握って、振り払ったわけです。新宿区がやったことは。その、振り払われた人の絶望感を考えてみてくださいよ」

 本当だ。この会合の2日前の土曜日、私は西新宿で行われていた『新宿ごはんプラス』という困窮者支援の食べ物配布と医療の相談会に、谷川先生に誘われて行っていた。その日は177人が並んで、緊急の食料支援を受けていたが、もらった人たちの一部は相当にお腹が空いているのだろう、近くに座り込んでお弁当などをさっそく食べていた。

人間らしい暮らしが否定される

西新宿で行われていた『新宿ごはんプラス』という困窮者支援の食べ物配布と医療の相談会(筆者撮影)
すべての写真を見る

 その中でひとり、40代ぐらいの女性が石段に腰を掛け、遠くを見るようにしてバナナを食べていた。食べ終わり、ビニール袋に皮を放り込む、ひとつ、ふたつ、みっつ。バナナをいっぺんに3本食べていたことに驚いた。どれだけお腹が空いていたんだろう。彼女はその次にパンを取り出し、しばらく見つめ、でも、置いて、また遠くを見た。その目は何も見てないようで、うつろで、彼女の貧しさと虚しさ、そして孤独に涙が出てしまった。

 正直、私の生活も相当に苦しく貧乏だ。でも声を掛けて心配してくれ、食べ物を送ってくれたりする友人がいる。貧困と貧乏は違うと思う。貧困は壮絶に悲しい。何度も同じ言い訳を一本調子の声で言い続けていた新宿の課長さんや部長さんは長く福祉の部署にいて、そういう悲しみが見えなくなってしまったのだろうか? その彼女がネットカフェにいた人なのかどうかはわからない。でも、バナナ3本を一気に食べるような空腹に思いを寄せてほしい。その絶望の深さを覗いてみてほしいと願う。

 新宿区はこの抗議の申し入れに対し、翌日すぐに謝罪文を吉住健一区長の名前で発表した。区はすでにホテルから追い出してしまった人たちのうち、連絡先が分かる人たちには案内をしてるようだが、そうでない人たちも新宿区に連絡をすれば、ホテル延長や、追い出してしまった分のホテル代の補助などを受けられるとしている。

 ひとつ心配になるのは、こうした援助の話があると「私だって大変だ。そんなのはずるい」という声が高まることだ。小林さんは言う。

「みんなを引きずり落とすのではなく、みんなで助かりましょうよ。がんばりの限度を引き上げるのではなく、キィ~となるほど自分もつらいなら、みんなが福祉の相談をするようにしてほしい。日本はこれだけの人口がこれだけの税金を払っていても、命に係わることにお金が使われない。人間らしい暮らしが否定される。

 それに、これから先、感染拡大がまたおこり、第二波、第三波が来ることが予想されています。そのときにまたネットカフェに人があふれていたら、たいへんなことになる。今、この人たちを助け、生活保護で生活が再建されたら、町の力になるんです」


【追記】6月13日土曜日、都庁下の道路で過去6年間続けられてきた『新宿ごはんプラス 』が、突然に追い出しを食らう事態が発生したそうだ。大雨もあって屋根のある都庁下に 並んでいた生活困窮者の方100名あまりを、敷地から出ろ、道路に並べと都庁職員が 迫った。主催者の機転で、並ぶのではなく間隔を開けて「雨宿り」をしてる体にしても らったそうだが、本来なら東京都が自ら助けるべき人たち。コロナ禍で仕事を失いお金 がなく、食べるものを求めて並ぶ人が急増している中、NPO法人が都に代わって必死に 命をつなぐために手を伸ばしているのに、今このときになって急になぜそんな酷いこと をするのか、まったく解せない。東京都には早急な謝罪と許可を求めたい。東京都は一 人一人の命を大切にしてほしい。

 なお、新宿区への問い合わせは以下のページまで。https://www.city.shinjuku.lg.jp/whatsnew/pub/2020/0609-01.html

<取材・文/和田靜香>