相撲部屋のおかみさん業

 それにしても、おかみさんは大変だ。おかみさん座談会で聞いた話で驚いたのは、以前は「おかみさんは本場所を見に行ってはいけない」とされていたということ。最近は少しユルくなってきたそうだが、誰が作ったかわからない「しきたり」で、さんざん働かせて表舞台は見せませんって、それなんだ? と驚いた。

 なにせ、おかみさんが担う仕事は本当に膨大だ。相撲部屋の経営面を総括しながらの経理から(日々の銀行通いは欠かせないそう)、後援会の管理、いただき物へのお礼状などの事務仕事全般。

 これだけでも丸一日潰れそうだが、細かいところでは力士は髷をびん付け油で結うので髪の毛がべたべた。布団がすぐにダメになるので「貸布団」を使う場合が多くて、そういう管理もおかみさんの仕事と聞いて、これまた驚いた。「学校にいる用務員のおじさんみたいになんでもやる」と言ってたおかみさんもいて、電球の交換とか、テレビの配線といったこともおかみさんがやる。

 指導、という面においてはお客さまへのお茶出しの作法や私物の整理整頓について、あらゆる生活面についても教える。洗濯は力士たち自身でやるが、若い子はちゃんと干すことができないので教えたり手伝ったり。ちゃんこ作りを手伝うおかみさんもいる。そういうときに悩みを聞くといった交流も、もちろん欠かせない。この交流だって、若い力士からしたら「うざい」とか言われる場合だったありそうだし、やれやれ大変だ。

 相撲部屋のおかみさん、というと千秋楽パーティーや昇進パーティーなどできれいな着物を着てしゃなりしゃなり、という印象を抱くかもしれないが、よく見ていればそういうパーティーでも次々、挨拶まわりりに忙しく、息つく暇さえない。終われば、お礼状を書かなくちゃいけないし、親方に稽古で叱責された力士をなだめ、顔色を見ては病気ではないか? と心配をする。

 何ひとつ安定していない立場で重責を担わされているおかみさん業。最近は部屋付きマネージャーさんがいる場合も多いが、大変さはあまり変わらない。それでもおかみさんたちは「若い力士の頑張りに逆に励まされる」とか、「辞めた子が訪ねてくれてお礼を言われるとうれしい」などと、けなげに頑張る。まるでやりがい搾取みたいになっているのが現状だ。

 立場的に脆弱な中で、おかみさんたちは重責を担わされている。誰も監督責任を負ってくれないし、指導者としての教育も受けない、ましてや相撲経験などない。ただ、夫が始めた商売(?)に寄り添い、ともにのれんを守ります! という覚悟を強いられる。

 昨今の新しい夫婦像(『コロナが変えた家庭の中にある「父親のカタチ」、クレラップのCMに強い共感記事参照)に共感する人たちからしたら、なんとも時代錯誤も甚だしい。大相撲界の紅一点、おかみさんの在り方はあまりに旧態依然としている。今回のことで、そうした点がクローズアップされ、少しでも改善されたら怪我の功名になる。


和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。