役所広司が会いにきたが……

 昨今、ドラマも映画も“おじさん俳優ブーム”。「矢崎さんのような俳優が引退なんて早すぎる」と指摘するも首を横に振る。

「今“おじさん”と言われている役者たちは俺の下の世代。それとは別に、『半沢直樹』みたいなドラマにも西やん(編集部注:西田敏行)やエモっちゃん(同注:柄本明)くらいの……俺たち世代の役者がひとりは必要なんだけれど、俺はそこに呼ばれることはなかった。

 エモっちゃんや笹野高史は若いときから老け役をやってきて今があるんだ。これは俺の生き方の失敗。人生を張り切っちゃっていたんだ。でも“引退”と言いながら、同世代で役者を続けている人を見かけるとチャンネルを変えちゃうくらい、俺は惨めな人間なんだよ

 身体も衰えてきたという。矢崎は眼帯を指さした。

こっちの目、見えないんだ。緑内障でね。それに歯もない。歯医者が怖くて行かなかったら、前歯が全部なくなった。今はコロナも怖いしさ……

 家賃を含め、生活の費用は貯金を切り崩している。

「あとは再放送料とかね。今『はね駒』をやっているけど、NHKはちゃんと再放送料をくれたよ。30万円。これまではテレビ局から“映像を使いたい”という連絡は全部断っていたんだけど、今は少ない額でも入るとうれしいの」

 テレビ局だけではない。親しかった人々との関わりもすべて絶ってしまったという。

世話になった人、付き合いが深かった人も、みんな。西やんやエモっちゃん、仲のよかった役者も携帯を変えたときに“切っちゃった”から

 あるとき、そのうちのひとりが矢崎を探しにきたことがあった。俳優・役所広司だ。

「彼がロケでこの近くに1か月ほど滞在していて“矢崎滋がいるらしい”ってわかったんだって。彼のマネージャーがフロントまで尋ねてきたんだけど“いないって言って”と。本当はすげぇ会いたかったのよ。俺、昔から彼が大好きだし、彼も俺のことを認めてくれていてさ。でも俺は見つからないよう部屋から出ずに、カップ麺すすってジッと隠れてたよ。恋しいけれど会えない。芸能なんて、もう、ずうっと前のことなんだ」

 そして自嘲ぎみに笑った。

そう言いながら、こうやってしゃべってるなんて、いかに俺が寂しいかわかってしまうけれど……。俺、昨日が誕生日でさ。でも誕生日なんてなんなんだろうって思うよ

 矢崎は今年73歳になった。