8月10日に肺炎で死去した渡哲也さんの四十九日法要が9月16日、都内で営まれた。法要には家族のみが参列し、神田正輝や舘ひろしなど、所属事務所の俳優らの姿はなかった。

渡さんが“大げさにしないでほしい”と生前から伝えていたんです。そのかわり、四十九日の前に神田さんと舘さんはふたりで渡さんの自宅を訪れ、遺骨の前で手を合わせたそうですよ」(スポーツ紙記者)

 日本の芸能史に数々の伝説を残してきた“石原軍団”だが、そのピリオドは来年1月16日と決まっている。

石原プロが解散し、俳優のマネージメント業務も終了することになっています。さっそく移籍を決めた俳優もいますね」(同・スポーツ紙記者)

 金児憲史は8月31日をもって移籍を発表したが、神田や舘も身の振り方をすでに考えているのだろうか。

「舘さんは、解散の前に移籍することはなさそうです。“1月16日まで石原プロはあるんだから、わざわざその前に出ていくことはないだろう”と周囲に話していますからね。事務所じまいがすっかりすんでから、どうするのかを決めるといいます。事務所の解散は、もともとは石原裕次郎さんの遺言で、渡さんもそれを気にかけていました。仏前で、渡さんに“石原プロの最後を見届けます”と、改めて約束していたのかもしれませんね」(芸能プロ幹部)

うさぎの着ぐるみでCM出演

 責任感の強い舘は、石原プロのスタッフの処遇についても考えているようだ。

「『マイナポイント』のCMでうさぎの着ぐるみを身につけるなど、これまでなら考えられないような仕事もいとわずに“石原プロ”として引き受けているようです。最後まで“石原軍団”の一員として仕事をこなし、事務所の売り上げに貢献しようということなんでしょう」(広告代理店関係者)

『西部警察』で共演した渡さんに心酔して1983年に石原プロ入りしてから37年。今や軍団の一翼を担う役者に成長した。そんな舘を慕い、背中を追う仲間も現れたという。

徳重聡さんや池田努さんも、今後の進退を解散まで明かさない、としました。舘さんの男気に共感し“ついて行きます”と宣言した形ですね」(前出・スポーツ紙記者)

 徳重は2019年9月の週刊女性のインタビューで、

《オーディションの賞金として1億円いただいていたので、まだその金額分は仕事していないから辞められないな……》

 と冗談まじりに話していたが、気持ちは本気のよう。

「池田さんも、徳重さんと同様です。来年まで石原プロとして受けた仕事があり、“けじめ”をつけるため解散まで出ないと言い切ったようです。石原プロに重きを置いてくれた彼らのために、解散後は舘さんが個人事務所を立ち上げ、ふたりはそこに所属すると言われています」(前出・スポーツ紙記者)

 昭和の男くさい友情が、まだ彼らには残っている。