趣味&特技は、落語。中央大学時代には落語研究会に在籍していた。

「浪人期間中に、立川談志師匠がやってた『落語のピン』( '93年・フジテレビ系)にハマりまして。そしたら、意外と落語番組があることに気づき。深夜・早朝問わず、落語ばっかり見てたんですよ。

 いつしか大学に入る目標が、“大学に入ったら落研に入る”に変わって(笑)。だから、大学は“落研のある大学だったらどこでもいい”ぐらいの感じになっちゃいましたね(笑)」
 
 大学3年生の時には、学生落語選手権で優勝。

「審査委員長が立川志らく師匠で、舞台上での私を“こういう人こそ落語界に入らなくてはいけない!”って絶賛してくれたんですよ。その後、エレベーターに乗ったら偶然、志らく師匠と一緒になって。“名刺渡しますか?”って弟子が尋ねていて。“来た! これが落語家への道かぁ”なんて思ったら、志らく師匠は“いや、いい”と(笑)。“ええええー! いいの!?”って思いましたね(笑)

 噺家になることも考えなくはなかったが、落語のネタを毎日考え続ける生活に耐えられる自信もなかったという。気づけば、就職活動シーズンに突入していた。

「後輩に“アナウンサーとか受けてみればいいじゃないですか?”って言われて。僕、アナウンサーって歌舞伎みたいに世襲制だと思ってたので、“アナウンサーって一般の人が受けるものなの?”って聞き返して(笑)
 
 在京キー局の試験はほぼ終わっていたが、2社のみ残っていた。

「“なぜアナウンサーになりたいんですか?”っていう質問がいちばん困りましたね。“いや、別にないし”と思ってたから(笑)。でもテレ朝とご縁があって」
 
 ノリと運でなってしまったアナウンサー。

「なっちゃったからには、やってみたら面白いかな、と思って。やってみたら、合っていた。今では天職だと思ってますね」

“これは今、伝わった”
ゾーンのような快感

小木逸平アナ 撮影/渡邊智裕
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「“このところよく見る”と言っていただきますが、私、20年くらいテレビに出てるんですけどね(笑)」
 
 社会事件など、取材レポーターの時期は長かった。“もっと存在感を出せ”という上からの要求に戸惑ったり、サスペンダー&蝶ネクタイ姿で印象づけようと試みた時期もあったという。

でも“男性アナは40代、50代になってから輝いてもいいんじゃない?”“それまでは地道に経験を積めばいい”と言ってくれる人もいて。その言葉を頼りにやってきましたね。とことん調べたうえで、無駄を排除すると“これは今、伝わったな”っていう瞬間があるんです。スポーツ選手でいう“ゾーン”のような。すごく気持ちがいいんですよ」
 
 終始笑わせながらも、いつの間にかアナウンサーとしての信念を飲み込ませる――。小木アナの受け答えは、噺家のようでもある。

「目標? まじめになりますけど、番組全体を自分で仕切って、人を生かして、それで評価されるような番組を作りたい。『サンデーステーション』を、まさにそんな番組にしたいですね。日曜日の夜9時って、家族にとってものすごく大切な時間。そこにお供できるような番組にできればいいなと思っています」
 
 まじめで物静か、どちらかといえば堅物。そんなイメージを小木アナに勝手に抱いていたが、大ハズレ。

「すごくそう思われがちなんですけど、実際、そう思ってるスタッフはいないですね。なにせ“おしゃ”って呼ばれてますから(笑)。“またおしゃがしゃべってる”って(笑)。

 だから『サンデーステーション』では、平日よりもう少し柔らかい空気も出していけたら。そうしたら“なんか、安定してないぞ!?”って評価が下がったりして(笑)。アハハハハ」

PROFILE
こぎいっぺい。埼玉県出身。175㎝。O型。中央大学卒業後、'98年にテレビ朝日入社。数々の情報番組を経て、'18年10月より『報道ステーション』金曜メインキャスターに(現在は月〜水曜)

『サンデーステーション』

『サンデーステーション』
毎週日曜夜9時〜(テレビ朝日系)

撮影/渡邊智裕