教祖と信者というより……

 なぜ彼女はこの2本を“神回”認定したのか。その答えは夫婦で出演した『♯6』の回にあった。「誹謗中傷を素直に受け止めてしまう」気質だという小林は、夫の言動についてこう評している。

《(夫が)すごく優しいのは、私よりも怒ってくれるんですよ。あきら君が怒ってくれている姿をみると……幸せを感じます》

 動画をみてきたなかで、小林が一番「幸せ」を強調したのがこのシーンだったと記憶している。そして、動画の後半で國光氏が、その想いに応えるかのように、おもむろに語り出すのだ。

《僕、優しい優しい言われますけど、別に優しいだけじゃないので。完膚なきまでにやるタイプなので》

 そうキメた彼の横顔を、目をキラキラさせて見つめながら、《でもそれは優しさなんですよ。なぜなら自分のためじゃないんですよ。私のために、私を守ろうとするために私を傷つけてくるような人たちに対して怒ってくれるから》とキャピキャピしてみせるのだ。

 YouTubeでのやりとりをみている限り、報道にある“教祖と信者”といった関係性よりも“イキった中学生とその彼女”のほうが適切なのではないだろうか。“俺がぜってーお前を守る”的な。

 國光氏の言葉遣いや話の内容は、ティーン配信者とアンチのやりとりそのものだし、なにより“人を洗脳する”スピリチュアル系キャラを謳うにしては自分のマインドをコントロールできていなさすぎる。そんな中学生のごときキレっぷりに、隣で「カッコいいー」と目を輝かせる小林もどうなのか。『中坊ですよ!』のアシスタントか!

──しかし、その一方で彼女が“誹謗中傷に悩まされてきたのも事実。TBS入社まもなく“ぶりっ子キャラ”として扱われ、2年目で早くも『嫌いな女子アナ 1位』に。10年後にも同ランキングで1位に輝くなど、アンチも多かった。妹の麻央さんが亡くなられたあとは、市川海老蔵と再婚が噂されるなど、好き放題書かれた時期もあったり……。

 そんな過去があったからこそ、“矢面に立って守ってくれる”國光氏に惹かれるのかもしれない。神回と呼びたくなるのかもしれない。スピリチュアルな面での共感も当然あるだろうが、YouTubeではそれよりも「対誹謗中傷」という敵に向かって共闘するふたりの様子のほうがより色濃く現れている。

 2015年に『週刊文春』誌上で『小林麻耶のいつまで独身?』という連載(すごいタイトル)をスタートさせた彼女はこう綴っている。

《結婚してすべての状況を変えられたら、どれだけ楽なんだろうと結婚を熱望した時期もありましたが、そのような考えは私には許されることもなく今も独身。三歳年下の妹は結婚し二人の子供もいるのに姉の私は……》(4月2日号)

 まさに今、結婚をしてすべての状況が変わったわけだが、はたして楽になったのだろうか。しかし、それは余計なお世話というもので、他人にどう思われようと本人たちが幸せならなんの問題もないだろう。

 ただひとつ心配なのは、ふたりが“ありもしない敵を作り上げている”ようにもみえることだ。動画内で國光氏はたびたび《コメントを書いていない人の中にも心で「小林麻央死ね」と思っていた人たちもいると思うんですよ》と絶対に言う必要のない憶測を語ってみたり、《書いているコメントは綺麗でも腹の底は違うのがバレバレ》と断定したりする。

 妻を誹謗中傷から守りたい。その思いが強くなりすぎたあまり、自らを“洗脳”してしまっているのだとしたら、これほど勿体ないことはない。

〈皿乃まる美・コラムニスト〉