(2)片眉上げ

 香原は片眉上げについても調べ、人種差は歴然としていて、右でも左でも、ともかく片方の眉を上げることができる者はアメリカの白人でだいたい半数であるが、中国人、東南アジア人、日本人ではできる者の率が非常に低い。つまり、アジア人はヨーロッパ人より片眉上げがはるかにへたであると結論づけている。

(3)表情豊かなアイヌ

 さらに香原は、アイヌについても片眼つぶりができるかどうかを調べ、純アイヌは片眼つぶりがうまいが、和人(本土日本人)との混血が進むほど、へたになることを突きとめた。最近の人類学研究によって、アイヌは縄文人の遺伝的影響が強いことがわかっているので、縄文人はアイヌと同様に片眼つぶりがうまかったことだろう。和人は、北方アジアに由来すると考えられる渡来系弥生人の遺伝的影響が強いので、渡来系弥生人も片眼つぶりがへただったと思われる。

 じつは、私が監修したNHKの番組で、眼の大きさと片眼つぶりとの相関を知るために、50人に街頭インタビューテストをしたら、縄文系と思われる二重まぶたで大きな眼を持つ人は片眼つぶりがうまいというかなり明瞭な結果が出た。

(4)生物学的解釈

 片眼つぶりがうまいのは、眼をつぶらせる眼輪筋を支配する顔面神経を左右別々に操作できるからである。その巧拙は遺伝的に決まっていて、へたな人が練習してもほとんど上達しないらしい。そもそも顔面神経は、眼輪筋も含まれる顔面筋の上部に関してのみ、左右の脳がそれぞれ両方の顔面筋を動かすようになっているので(「両側性支配」という)、生物学的には眼輪筋を別々に動かせなくても不思議ではない。虫が飛んできて眼に入りそうになったら、また、くしゃみをするときも、反射的に両眼を同時につぶればよいのである。

 しかし、世界中の多くの人々が片眼つぶりをうまくできるので、ホモ・サピエンスはもともと片眼つぶりがうまかったと思われる。どうして北東アジア人が片眼つぶりをできなくなったのかは、まったくわからない。偶然の突然変異による可能性が高いと考えられる。

 香原はいくつかの家系を調べ、片眉上げが優性遺伝することを突きとめた。なお「優性」とは優性と劣性の遺伝子が対になったら優性の特徴が現れるということで、その意味では「顕性」であり、決して優勢だからその遺伝子が増えるわけではない。ただし、片眉上げのうまい人がたくさん子どもを残すことになれば、その遺伝子が増える。

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 そのほか、『 「顔」の進化』では顔の不思議をさまざまな視点から解説している。性別による顔の違いについては、別記事《なぜ女性の鼻は華奢なほうが魅力的で、アメコミヒーローの顎は割れているのか》で詳しく紹介する。

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【写真】「横顔として認識される範囲」を模型でわかりやすく解説

馬場悠男(ばば・ひさお)
人類学者。1945年東京都生まれ。国立科学博物館名誉研究員。1968年東京大学理学部生物学科卒業。獨協医科大学助教授を経て1988年国立科学博物館主任研究官、1996年同人類研究部長および東京大学大学院理学研究科生物科学専攻教授を併任。人類形態進化学を専門とし、ジャワ原人の発掘調査に長年取り組む。国立科学博物館の特別展を数多く企画するほか、NHKスペシャル「地球大進化」「病の起源」「人類誕生」など多くの科学番組を企画・監修。著書は『ホモ・サピエンスはどこから来たか―ヒトの進化と日本人のルーツが見えてきた!』(KAWADE夢新書)、『顔を科学する!―多角度から迫る顔の神秘』(共著=ニュートンプレス)など、監修書は『ビジュアル 顔の大研究』(丸善出版)など多数。