「愛ちゃん獲得をねらう芸能プロダクションやマネジメント会社が常について回り、そんな状況に10歳離れたお兄さんが個人事務所を立ち上げてマネジメントを担当。そして2016年に結婚、引退すると、お兄さんの元から離れて現在の『電通スポーツパートナーズ』に業務を委託するようになったのです。

 彼女で商売をしたい大人たちに囲まれ、常に“愛ちゃん、愛ちゃん”と気を使われながらチヤホヤされてきたことでしょう。それこそ、千代さんは幼少時よりコーチとして厳しく接してきただけに、より甘やかしてくれる芸能界の環境は心地よく感じていたのかもしれません」(広告代理店営業スタッフ)

 そして“卓球王子”との素敵な結婚生活を期待して、単身台湾に渡った福原。しかし、彼女を待っていたのは、国際結婚による慣れない異文化生活と、より顕著に“見せ物”として扱われるビジネスとしての生活だった。そんな募らせた不満が夫に向けられるのは、ごく自然の流れだったのかもしれない。

夫婦は甘いものではなかった

 2月に台湾限定で発売されたフォトエッセイ『不管怎樣的哭法,我都準備好了(どんな泣き方だって、私は準備ができている)』では、彼女の思うようにいかない苛立ちを表す描写があった。

《実際、私と江の幸せは、みなさんが思うような「甘い」ものじゃないんです。そして“好きな人のことはなんでも好き!”というわけでもないんです。江は私に(思っていることを)ストレートに話しますし、多くの方々が思い描いている「福原愛」として私のことを見ていません》

台湾のテレビで放送された福原愛と夫のキスシーン
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 台湾のテレビ番組では「キスは1日100回」などとラブラブ生活を見せつけていたが、それは虚像の夫婦の姿だったのだろう。そして、

私が太っていても、彼は「そんなことないよ、痩せてるよ」とは絶対に言いません。それに、私の着ている服がダサくても、彼は「すごく似合っているよ」とは言いません。(略)「他の人に君のダサい格好を見せられないでしょ?」って、思ってることをそのまま言ってくるんです。外に出かけるときであっても、完璧な「福原愛」であることを望んでいるんです》

 これを福原が“モラハラ”と感じたのなら、そうなのかもしれない。しかし、彼女もまた結婚生活に夢を見過ぎていたフシもありそうだ。

「愛ちゃんは、自分のわがままを聞いてくれて、チヤホヤしてくれる、それこそ江さんからお姫様のように扱ってほしかったのでしょう。ですが、夫は家族を養うためにビジネスとしての結婚生活を優先した。それが彼女にとっては“モラハラ”に映っていたとも考えられます。

 そんな折に、中国語を母国語として台湾でアイデンティティーを確立していく子どもたち。夫としてみれば、いまさら日本で育てる選択肢はなかったでしょうし、当の子どもたちも江家に馴染んでいるように見え、現地での生活を望んでいるのかもしれません。千代さんが同居していたとはいえ、愛ちゃんは台湾で1人、孤独感と疎外感を募らせていったのではないでしょうか」(前出・スポーツ紙芸能デスク)

 2019年11月にはイヤイヤ期を迎えた長女に対し、《私が厳しすぎるのか…あいらちゃんに「ママいらない!」と言われたまま仕事に出かける朝》と、自身のツイッターで嘆いていた福原。こんな時も、夫からの「そんなことないよ、君は最高のママさ!」という言葉を待っていたのかもしれない。