今のところ私ひとり。女性を入れてもいいかな。いつかね(笑)

 今年3月、自身の“新しい船出”をメディアに向かってそう語っていた俳優・舘ひろしが、満を持して個人事務所─その名も『舘プロ』の“所属俳優第1号”として活動をスタートさせた。

 デビュー以来、40年近く所属していた石原プロモーションが惜しまれつつ解散。舘はじめ、神田正輝や徳重聡など石原プロに所属していた面々の去就が注目されていた。

神田さんは当面、フリーランスとしてどこにも所属せず活動していくことに。徳重さんも事務所解散の翌日には、向井理さんや波瑠さんがいる大手事務所に移籍することが発表になりました。看板俳優だった舘さんはずっと沈黙を守っていたので、“一体どうするんだろう?”と、関係者は気をもんでいたんです」(スポーツ紙記者)

俳優第2号が決定

 ちなみにこの舘プロ、自身の名前を冠してはいるが、社長は舘本人ではない。

「子役のマネジメントやタレントスクールを運営している『テアトルアカデミー』のA氏が舘さんに協力する形で社長を引き受けたんです。舘さんは“自分は社長の器じゃない”と考えて、20年来の仲のA氏に事務所経営の打診をしたそうなんです」(芸能プロ関係者)

 実際に舘プロのオフィスは『テアトルアカデミー』本社内に“間借り”状態。

全社員5人の小所帯だそうですから、当分は舘さんひとりのマネジメントで手いっぱいでしょうねぇ……」(同・芸能プロ関係者)

 ところが、早くも“所属俳優第2号”が決まったという。

石原プロの後輩だった池田努さんなんです」(前出・スポーツ紙記者)

 池田は'00年に石原プロが開催した新人発掘オーディション『21世紀の石原裕次郎を探せ!』がきっかけで芸能界入り。だがデビュー間もない'03年、自らの不注意で“悲劇”を起こしてしまう。

「石原プロの看板ドラマシリーズ『西部警察』の新シリーズ『西部警察2003』の名古屋ロケでの出来事でした。刑事役の池田さんが車を運転するシーンの撮影中、運転ミスで、集まっていた見物人の群れに突っ込んでしまったんです」(テレビ局関係者)

 5名の重軽傷者を出す大事故だった。

当時、石原プロの社長を務めていた渡哲也さんは即、会見を開いてドラマの制作中止を決断。事故翌日には入院していた被害者のもとを訪れて、病室で土下座したんです。そうやって、渡さんがいち早く誠意を見せて、同じ釜の飯を食ってきた“家族”……池田さんを守ったんですよね」(同・テレビ局関係者)

石原プロ新年会の様子(2009年)

 舘が渡さんのことを“お館”と呼んで慕い続けてきたのは有名な話。“お館”の“家族”への思いを、舘も受け継いでいないわけがない。

石原プロ解散を機に廃業を決断したり、新しい所属先探しが難しい俳優もいたんです。池田さんもそのひとりで。石原プロ時代からの舘さんの現場マネージャーが池田さんのことを俳優として買っていたこともあって、舘さんが“池田も一緒に”と。今度は渡さんの代わりに舘さんが池田さんを守ったんですよ」(前出・スポーツ紙記者)

 石原軍団はもういない。だがその魂は今も─。