17年間で720人を救出「命の番人」

 そんな風光明媚な観光地を案内してくれたのは、「命の番人」と呼ばれる元警察官、茂幸雄さん(77)だ。自殺防止活動に取り組むNPO法人「心に響く文集・編集局」の理事長を務める。

パトロールには双眼鏡が必須。自殺をしに来た人は岩場に隠れて日暮れを待つことが多い 撮影/齋藤周造
パトロールには双眼鏡が必須。自殺をしに来た人は岩場に隠れて日暮れを待つことが多い 撮影/齋藤周造
【写真】保護する直前、就活が全敗し岩場で海を見下ろす女性の姿

 日に焼けた顔に、笑うと白い歯が目立つ、一見すると普通のやさしいおじいちゃんだが、困った人を放っておけない熱血漢である。ひとたび岩場に入ると、これまでに自殺から救出した人たちの話が、次から次へと口を衝いて出てくる。

「数年前、青森から来た女性が飛び込んで大けがをしました。ヘリを呼んで救出し、病院まで運んでもらいました」 「中年男性がそこで『ワンカップ』の酒を飲んでいました。“酒を飲まないと勇気が出ない。放っておいてくれ”と言われましたが、説得して連れ出しました」 「近くの電話ボックスで男性が話をしてたので、おかしいと思って声をかけたら自殺しにきたと」 「巡礼衣装に着替えて飛び込もうとした女性もいました」

 茂さんたちの普段の活動は岩場のパトロールが中心だ。じっとうなだれている人を見つけたら近寄って声をかけ、事務所がある茶屋「心に響くおろしもち」まで連れていき、じっくり話を聞く。そうして救出された人は、2004年の設立以来、17年間で720人(6月13日現在)。ほぼ1週間に1人ずつのペースで、自殺を決意した人たちに遭遇する計算だ。その9割近くが県外からの来訪者。一方、東尋坊で自殺により死亡した人の数は、過去10年間で116人に上っている。

 特に新型コロナウイルスの感染拡大以降、茂さんのもとにはコロナ関連の相談が相次いだ。昨年7月からは、厚生労働省の助成を受け、コロナ禍による自殺防止のための「悩みごと相談所」(TEL:0776-81-7835)を茶屋に開設。今年3月末までの相談件数は訪問も含めて、のべ228人。このうち男性は約65%の149人で、年齢別では50代、40代が圧倒的に多く、この2世代だけで全体の約66%を占めている。

「飛び込み場所」のひとつを指さす茂さん。断崖絶壁を見下ろし、同行した編集者は思わず足がすくんだ 撮影/齋藤周造
「飛び込み場所」のひとつを指さす茂さん。断崖絶壁を見下ろし、同行した編集者は思わず足がすくんだ 撮影/齋藤周造

 相談内容は次のようなものだ。

「家庭に閉じこもっているため夫婦間がぎくしゃくし、アルコール依存症になった」

「外国人と結婚を前提に交際していたが、彼が入国できなくなり疎遠になった」

「職場の仕事がなくなって退職に追い込まれ、眠れない日々を送っている」

「休校が続いて友人と疎遠になった。再開したが、友人とうまく付き合うことができず、悪口を言われて死にたい」

 こうした訴えに耳を傾け、ひとり平均1時間近く話を聞く。

 茂さんが力説する。

「一般の電話相談は15分ぐらいが平均です。でも私のところは無制限。長いと2時間ぐらい。だいたい自殺を考えている人の相談が15分で終わるわけがない」

 茂さんは問題が解決するまで、相手に寄り添う。その徹底した姿勢の原点は、福井県警時代に溯る。