「一級建築士の資格を持っていた敏勝さんは、マイホームを建てる計画を立てていました。その際、敏勝さんの両親に金銭的支援を頼んでいたところ、佳代さんが内装などにこだわって予算を大きくオーバーしたことが理由で揉め、嫁姑が仲たがいしてしまったのです。間を取り持っていた敏勝さんは、仕事のストレスも相まって心を病んでしまい……。その後、自宅を出て行方不明になった敏勝さんは、多摩川の河川敷で自ら命を絶ってしまったと聞いています」(同・前)

元暴力団関係者に頼み込んだ小室佳代さん

 敏勝さんと善吉さんがこの世を去った直後、佳代さんは驚きの行動に打って出る。

「善吉さんの死後に問題となったのは、遺産を“誰が相続するのか?”について。佳代さんは“孫である圭も相続する権利がある”と主張したのです。旦那さんと義理のお父さんが亡くなり、親戚一同が悲しみに暮れる中だったので、冷たい人だと感じました。ただ、マイホームの件で敏勝さんの家族と揉めていた手前、佳代さんは自らが交渉のテーブルにつくことを嫌がっていましたね」(小室家の関係者)

'90年ごろの佳代さんと敏勝さん(右端)の結婚式での写真。左のふたりは佳代さんのご両親で、父の国光さんはご存命
【流出写真】眞子さま、アヒル口でピース……学生時代の“宴会写真”

 そこで佳代さんが頼ったのが、懇意にしていた“元暴力団関係者”の男性・Aさんだ。週刊女性は彼に接触し、当時の話を聞いた。

「もともと小室さん親子は、当時私が営んでいた飲食店に週1くらいで来店する常連さんでした。敏勝さんが亡くなった後は頻繁に店に来て“お金がなくて生きていけない”と涙を浮かべていました。気の毒だったので食事をごちそうしたり、閉店時間を過ぎた後も相談を受けていました。

 そんなとき、敏勝さんのご実家の遺産相続について“代わりに交渉してくれないか”と、私を頼ってきたのです。かなり昔のことですが、私が暴力団に関係していたこともあり、経歴を利用できると思ったのかもしれません

 佳代さんは「夫の実家は遺産相続の話をしても相手にしてくれない」などと同情を誘い、Aさんは敏勝さんの実家に向かったのだが──。