自宅周辺では最近被告を見かけた人はおらず

 公判後の記者会見で松永さんは、叶わなかった“家族の夢”を明らかにした。それは2人が事故で犠牲になっていなければ、松永さん一家は沖縄へ移住する予定だったということ。

「海の近くで、中古でいいから、小さくてもいいから、家を持って、3人で生きていきたい……」

 松永さんは言葉を詰まらせ、あふれ出る涙を拭った。姉を白血病で亡くしていた真菜さんにとって、家族を沖縄に残していることが唯一の気がかりだったのだろう。そんな妻の意をくんだ、松永さん一家の移住計画は無残にも崩れ去った──。

'20年8月、初公判後に記者会見を行う松永さん(左)と上原さん
【写真】デカデカと「迷惑です」…飯塚被告の自宅マンション玄関には今もこんな張り紙が

 一方、飯塚被告は逮捕されていないため一度も留置所に入ることなく、今も約20年前に購入した都内の自宅マンションから東京地裁に通う。

 事故当時、飯塚被告が旧通産省工業技術院の元院長だったため“上級国民だから逮捕されないのでは”と、警察はバッシングを受けた。警視庁の言い分はこうだった。

「逃亡や証拠隠滅のおそれがなく、高齢などの理由から逮捕しなかった」

 飯塚被告の最近の様子を聞き込むも、近所で見かけた人はいなかった。

「数年前までは彼も奥さんもよく来ていましたが、事故以降はまったく来なくなりましたね」(近所のクリーニング店店主)

飯塚被告の自宅マンション玄関には今もこんな張り紙が

 事故当時は、飯塚被告のマンションにはマスコミが殺到した。

「記者以外にも怪しい人たちがたくさん来ていましたね。スーツ姿の3、4人の男性がマイクを持って“ふざけるな!”とか“罪を認めろ!”“ちゃんと謝れ!”と怒鳴っていたことも。加害者の家族もかわいそう。でも、ここ1、2か月はそんな人もいなくなりました」(近所の住民)

 だが、過失とはいえ2人を殺めてしまった人間が自宅で普通の生活を送っていることは、どうしても腑に落ちない。

 公判はすでに8回を数え、次回の7月15日でやっと結審を迎える。交通事故の裁判は通常1、2回で終わるため、引き延ばしではないかという批判も出てきている。交通事故訴訟に詳しい高山俊吉弁護士に話を聞いた。

「罪を認めて情状酌量を求めるなら、裁判はすんなり終わります。だが無罪を主張すると、7、8回になるといったことはザラです。15回を超えるものまであります」

 とはいえ“事故原因は車の電気系統の不具合にある”と過失をいっさい認めない飯塚被告の姿勢に、遺族は苦しめられている。