GAKUが初めて個展を開いたのは2019年5月、世田谷美術館の区民ギャラリーだった。約50点の作品で壁を埋め尽くすと、「作品からあふれる力強いパワーとハッピーなオーラで空間が満たされた」とココさんは振り返る。GAKUを応援する身近な人たちはもちろん、GAKUを知らずに訪れた人たちもその作品に魅了され、無名だった彼の作品が10点売れた。

 開催前は作品が売れるとは思っていなかった。ハワイ在住の祖父母が来るというので、「記念に買ってくれるといいね」と冗談のように言って笑っていた。

 終わってみれば150万円の売り上げとなった。

 以来、年に200点以上のペースで作品を生み出し続け、毎年個展を行っている。昨年はニューヨークのギャラリーでも個展を開催。作品の値段は上がり続けている。有名なバッグのブランドとのコラボレーション企画も進行中だ。ココさんは、いわばその立役者でもある。

ココさんとGAKUの出会い

「20代のころからファッションデザイナーとして服を作ってきました。でも、人生の最後の仕事は障がいに関わることをしたいと決めていたんです。そこには、自分の生い立ちも関係しています」

 ココさんがGAKUと出会ったのは2017年のことだ。GAKUの父である佐藤典雅さん(50)は現在、発達障がいの子どもたちをサポートする株式会社アイムの代表を務めている。その会社が運営する放課後等デイサービスのスタッフ面接に、ココさんが応募したことがすべてのはじまりだった。放課後等デイサービスとは、発達障がいの子どもたちが放課後を過ごすための学童保育のような場所だ。

「私、子どもたちに絵を教えようとかファッションの仕事を生かそうとは考えていなかったんです。弟が難病だったことや、親戚に自閉症のいとこがいたこともあって、私が障がい者として生まれてもおかしくなかったなと思っていて。なんだろう、自分のルーツを知りたいと思ったのかな」

「がっちゃんにとって、混ざる=汚れる。だから、絵の具そのままの色で描くんです」とココさん(撮影/渡邉智裕)
【写真】夢中で絵を描くアーティスト・GAKU、鮮やかな色合いの作品たち

 長年ファッションの世界で生きてきたが、60歳を前に「ファッションはやり切った」という感覚になった。全く違う仕事をしてみたかったという。

 放課後等デイサービスのパートの面接を受けるたび、毎回こんな会話が繰り返された。

「髪を黒くして、マニキュアはやめて爪を切って、ピアスははずしてください」

「どうしてですか?」

「保護者や学校関係者と会う仕事なので、相手に対して失礼ですから」

 ココさんは衝撃を受けた。パリコレに参加するハイブランドでの経験もある。ブランドをいくつも立ち上げた。ファッションはココさんの人生を投じた世界だ。それなのに、長年生きてきた自分のスタイルは「失礼だ」と、うさぎのエプロンをして髪を無造作にゴムでまとめている人に言われ続ける。「この業界では働けないかな」と諦めかけていたとき、最後に『株式会社アイム』の面接を受けた。

「もうね、最初に自分から聞いたんですよ。私、髪も染めないし爪も切らないし、ピアスもはずしませんけど、大丈夫ですかって」

 黒い服、赤い髪のココさんの前には、社長であるGAKUの父、典雅さんが座っていた。同じく全身黒い服でツーブロック、服装も髪型も話し方も、これまで会ってきた福祉関係者とは全く違う。

「え、逆になんで? 全然いいじゃん」

 その場で採用が決まった。1か月半後、社長の息子「がっちゃん」と出会い、ココさんの第二の人生は幕を開けた。