「楽しければそれでいい」

 4歳のとき、家族でロサンゼルスに引っ越した。アメリカでは療育は無料だ。障がい児のプログラムはスペシャルエデュケーション(特別教育)と呼ばれ、その子に合った学習プログラムが組まれる。

 義務教育の幼稚園で支援学級に入ると、マンツーマンでセラピストがつき、言語聴覚士や作業療法士など専門の先生が細やかに見てくれる。アフタースクールも週に4回、2時間ずつ家にセラピストが来て、週1回は放課後等デイサービスのような場に通った。

「サポートは手厚かった。でも、2年くらいでわかったんです。突然走り出す、トイレの水を何度も流す、天井にピザを投げる、時には部屋の真ん中にうんちをしてしまう。

 そんな困ったこだわり行動は訓練しても治らない。がっちゃんが嫌なことは絶対やらないし、やりたいことは誰も止められない。一定の周期でピタッとおさまって、また違うこだわり行動に移る」

 自閉症は変化を嫌うため、セラピストはスケジュールどおりに行動させて、ご褒美シールをあげるなど、アメとムチで指示を守らせていた。典雅さんには「特定の行動パターンに押し込んでいるように見え、がっちゃんにとっては屈辱的だと思った」と言う。

 しかし、1つ救いだったこともある。アメリカのセラピストは、訓練をしていても、本人が集中していなければ、中断して一緒に遊んでくれた。泣き叫んでいるのに無理にやらせてもいいことはない。

「がっちゃんは療育を受けてもずっとがっちゃんなんですよ。アメリカで最先端といわれる訓練プログラムを受けても自閉症の特性は治らない。だから、がっちゃんが楽しければそれでいいじゃないかって思えるようになった。ようやく自閉症を受け入れた。それからは僕自身もリラックスできるようになりました」

 祥江さんにとっては、アメリカでの手厚いサポートや、そんな典雅さんの態度が支えになっていた。

「セラピストが家に来てくれると、困っていることを相談できる。本当に安心でした。がっちゃんも、一緒に遊んでくれるセラピストのお姉さんが大好き。それに、主人ががっちゃんにおおらかだったから、とても救われたんです」

 一瞬でも目を離せばいなくなる。2人きりで散歩に行くことはできなかった。買い物に出かけてもベビーカーからは絶対に降ろさない。レジで止まるだけで大泣きだった。

「主人は仕事が休みの日にがっちゃんをあちこち連れて行ってくれましたし、家を汚してもおおらかに対応してくれて、いつの間にか笑い話にしてくれる。友人たちとのバーベキューにも連れ出して、がっちゃんの困ったエピソードも笑い話のように話してくれる。私みたいに心配性だったり、ちゃんとしつけろって怒る人だったら、2人してがっちゃんにつらく当たったかもしれない。私とがっちゃんで心中していたかもしれません」