《国民の皆様から日頃より寄せていただいている温かいお気持ちに対し、厚く御礼申し上げます。そして、改めて新型コロナウイルス感染症の収束を心から願うとともに、国民の皆様が心を寄せ合ってこの困難な状況を乗り越え、全ての人が安心して暮らせる日が一日も早く訪れることを心から願っております》

 12月9日、58歳をお迎えになるにあたって公表された文書でそう述べられたのは、皇后陛下・雅子さま。

「今年は両陛下のご長女である愛子さまも成年をお迎えになりました。その件に関しても文書に盛り込まれたことで、これまでよりも一層、推敲(すいこう)を重ねた上での文書になったそうです。

 皇后さまは、コロナ禍で外出を伴う公務を行うことが難しい中でも、両陛下にとって最も大切とされる『四大行幸啓』の公務や行事をオンラインで参加されたり、皇族の最重要のおつとめである『宮中祭祀』にも出席されました。

 ご病気を抱えながらも、努力と工夫を重ねながら、令和皇室のカラーと言える“国民に入っていく皇室”を体現されていたと思います」(宮内庁関係者)

 現在も『適応障害』の療養中でいらっしゃる雅子さまは、ご体調が万全ではない。

「雅子さまが病気を患われながらも、宮中祭祀やオンラインでの公務などもこなすことができているのは天皇陛下のお支えがあるからでしょう。プロポーズの際に“一生お守りします”という陛下のお言葉どおり、これまでなかなか難しかった公務や祭祀に臨むことができるようになっただけではなく、現在は多くの国民からも支持される皇后となられた裏には、陛下の献身的な“愛”があったことは疑いようがありません」(皇室ジャーナリスト)

 これまでいくつもの困難が立ちはだかりながらも、皇族として、1人の母親として奮闘されてきた雅子さま。愛子さまが成年になられたタイミングで、'93年に民間人から皇室に入られてからの約30年を『週刊女性』が撮りためてきた貴重ショットで振り返るーー。

◆秘蔵写真で振り返る雅子さま

●'88年、まだ雅子さまが外務省に勤務されており、皇太子妃候補となりつつあったころ。

'88年、まだ雅子さまが外務省に勤務されており、皇太子候補となりつつあったころ

●'93年1月、婚約内定会見で幸せそうに笑みがこぼれる皇太子さま(当時)と雅子さま。

'93年1月、婚約内定会見で幸せそうに笑みがこぼれる天皇陛下と雅子さま

●'93年6月9日、『結婚の儀』で束帯装束を天皇陛下、十二単を雅子さまがお召しになった。

'93年6月9日、『結婚の儀』で束帯装束を天皇陛下、十二単を雅子さまがお召しになった

●'93年6月9日、ご結婚当日に行われたパレードでは約19万人以上の人々が皇太子さま(当時)と雅子さまをお祝いするため、沿道に集まった。

'93年6月9日、ご結婚当日に行われたパレードでは約19万人以上の人々が皇太子さま(当時)と雅子さまをお祝いするため、沿道に集まった