今年でデビュー40周年を迎え、31年ぶりの全国ホールツアーを実施するなど本格的に音楽活動を再開させた小泉今日子。そんな彼女が伝説のアイドルになれたワケとはーー? ’89年にリリースされた話題のシングル『Fade Out』を制作し、今でも彼女と親交があるという近田春夫に聞いた。

芸能人っぽくない“一面”も

「日本のハウスミュージックと銘打って日本で作られたのは、あの曲が最初。その直後の'90年に寺田創一さんがリミックスした『サンシャワー』という曲が出ましたが、当時は日本語のハウスは、その2曲しかありません」

 '89年にリリースされた小泉のシングル『FadeOut』は、当時では珍しいハウスのリズムを取り入れた話題曲。制作したのは近田春夫氏だ。

夜遊びする少し不良な女の子のキョン×2がスタイリッシュだった『FadeOut』のMV

「共通の知人で仲よくしているカメラマン夫妻がきっかけで、小泉さんが僕の音楽を知ってくれたようで。最初に小泉さんと会ったのは表参道のカフェでした」

 昨年、近田氏はデビュー50周年と古希を迎えた。その記念イベントで小泉に出演を依頼。それをきっかけに、最近では小泉とラジオに出演するなど、再び親交を深めている。

「僕と仕事したのは、ほかのアイドルとは違うものをやりたいという意識があったからでしょう。度胸があって、どっしり構えてくれました」

 小泉の新しいことを恐れないという姿勢がうかがえる。

「自分で会社を作って、出演する立場から、映画や舞台を作る裏方の立場にもチャレンジしています。今はそのことにものすごく燃えています」

 小泉本人が仕事のメールを送るなど、会社員のような作業もしているという。

「自分が全体を仕切ってやっていく立場となると、人間関係でも人望がないとできないこと。今回のツアーで、グッズなどを全部、本人がデザインしているけど、どれが売れ行きがいいかなどの経営者視点もあります」

 タレントの“お嬢様芸”ではできないことだ。

「会社の経営者として非常に落ち着いた目で“小泉今日子”という商品を客観的に見ている。それはすごいと思う一方で、普段は芸能人っぽくないというか、気さくな友達のよう。自分で車を運転して、電車も乗ったりしています」

 一般の人と変わらない部分があるからこそ、時代や世の中が求めるものを客観的に捉えられるのかもしれない。

「事務所にいたときは、誰かが形にしてくれたこともあったでしょうが、今は自分のアイデアを自分の力で形にしている。大変そうだけど生き生きして見えます」

 独立して多忙でも、充実しているという。過去に出会ってきた逞しい人たちの影響も大きいと指摘する。

「筒美京平さん、秋元康さん、内田裕也さんといった芸能界の人だけでなく、普通の友人などでも、いい知人や仲間を持っている。いろんなことを吸収したんでしょうね」

 さまざまな才能を発揮する小泉だが、近田氏はいちばんの魅力を“声”だと断言した。

「彼女は歌声もしゃべっている声も素敵なんです。一緒にレコーディングなどをして思うのは、やっぱり小泉今日子は声なんだって。人間性やほかの才能をよくクローズアップされますが、まずは声。聖子ちゃんや明菜ちゃんもそうだけど、伝説的なアイドルになる人は声がいい人ですよ」

近田春夫

近田春夫
 '51年2月25日生まれ。東京都出身。ミュージシャン、作曲家、プロデューサーとして多岐にわたり活躍し、ラジオ番組『TOKYO M.A.A.D SPIN』(J-WAVE)では小泉とともにナビゲーターを務めている