目次
Page 1
ー 中村あゆみの紆余曲折の人生
Page 2
ー 六本木で噂になり、才能を見いだされる
Page 3
ー イメージが固定してしまったヒット後の苦悩の日々
Page 4
ー 小倉智昭さんの助言でゴルフを始める
Page 5
ー 「ママホリ」を主催しプロデューサー業へ
Page 6
ー 還暦を前にテイクからギブへ。掃除で運気アップも実践

 

 1985年、『翼の折れたエンジェル』が大ヒットし、女性ロックシンガーとして一躍スターとなった中村あゆみ。当時19歳だった彼女のハスキーでエネルギッシュな歌声は、ほかのアイドル歌手たちとは一線を画し、アウトロー的な雰囲気も魅力だった。

中村あゆみの紆余曲折の人生

歌手になるつもりはなかったという中村あゆみ
歌手になるつもりはなかったという中村あゆみ

「でも、あのころは『この曲で稼いだら、一刻も早く仕事はやめよう』と考えていたんですよ」と中村は笑う。

 もともと歌手を目指してがむしゃらに頑張ってきたわけではない。周りから請われるままに歌手デビューをしたら、ヒット曲に恵まれて有名になったのだ。当時は自分で作詞・作曲をしていたわけでもなく、この先、歌手を続けていく自信もモチベーションも持ち合わせていなかった。

 周囲から見ると中村はスターのオーラを放つ存在だったが、本人は意外と現実的で、人生経験を積まないままショービジネスの世界にのみ込まれていくことにも不安があったという。

「28歳で結婚したときは、歌手という立場から逃げたいという気持ちもあったと思います」

 その後、離婚、再婚、出産。また離婚を経て、中村はようやく「歌手として生きていく」と腹をくくることができた。38歳のときだ。それから20年以上の歳月が流れ、中村は大人のシンガーとして成熟してきた。

 大ヒット曲がありながらも自分に自信が持てなかった歌姫が、折れた翼を立て直し、羽ばたいていくまでにはどんな紆余曲折の人生があったのか─。

 複雑な生い立ちから振り返っていく。