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ー カバンの鍵の数字を忘れた志村さん

(志村さんが住んでいた)麻布十番を歩いていると、志村さんどうしているかな? 久しぶりに連絡しようかなって。亡くなったという実感がないから、そんなことを考えてしまうときがしょっちゅうあります

 そう優しく笑うのは、女優の川上麻衣子さん。志村さんの冠深夜枠、その第1号番組である『志村X』(1996年 フジテレビ系)、さらには後続番組『変なおじさんTV』(2000年 フジテレビ系)の途中まで、約7年にわたって共演。志村さんとは、一時期、同じマンションに住んでいたほど親交が深かった

一緒に藤山寛美さんのVTRを見たり、志村さんが気に入った映画を見たりしていました。志村さんが好きだったのは悲喜劇。底抜けに明るいものを好む人ではなかった。登場人物たちが悲しければ悲しいほど、周りから見ればおかしい。悲しみの中の笑い。そういうことを大切にされていた人でした」

 川上さんの生まれ故郷・スウェーデンへ一緒に旅行をしたこともあったという。「私が毎年行くので、そのタイミングで一緒に行ってみたいって」。ところが、その道中、志村さんの付き人が、財布やパスポートなどが入った志村さんのかばんをタクシーに置き忘れたというから悲喜劇さながらだ。

「かばんが戻ってくるかわからない。大使館に行っても、パスポートの再発行ができないかもと伝えられると、志村さんは『それもいいかもしれないね』って(笑)。お付きの人に怒るでもなく、あわてるでもない。志村さんが取り乱したり、あわてたりする姿を見たことがない

カバンの鍵の数字を忘れた志村さん

 お金がないから、移動はもっぱら地下鉄と徒歩。

電車や街中で特徴的な人を見つけると、隣に座って形態模写をするんですよ。私は笑いをこらえるのに必死だったんですけど、一瞬で特徴をつかんでしまう。本当に面白くてうまいんですよ。スウェーデンでも、志村さんは志村さんでした」

 数日後、無事にかばんが戻ってきたものの、アクシデントは続く。

志村けんさんの『バカ殿』には“腰元”こと、志村ガールズが欠かせない
志村けんさんの『バカ殿』には“腰元”こと、志村ガールズが欠かせない

「3ケタの数字をそろえて解除するかばんだったのですが、志村さんは普段から数字を合わせっぱなしにしていました。だけどタクシーの運転手さんが気を使って、開けられないようにと数字を回してくれたみたいで。『オレ、数字なんて覚えてないから開けられない』って。みんなで志村さんが好きだった女性にまつわる数字じゃないのって推測して、1人ずつ思い出しながら数字を合わせていったら……本当に開いたんです(笑)。忘れることができない旅行ですね」

 自らオチまで作ってしまう。志村けんさんは、徹頭徹尾、喜劇人だった。

落ち込んでることがあっても、志村さんのコントを見ると、世の中はバカバカしいことだらけなんだから大丈夫だよって、勇気をもらえますよね。悲しいかもしれないけど、そんなに深く悲しむことなのか─。表現者はみな孤独だという前提の中で、志村さんは笑いと向き合ってらっしゃった。私は、孤独と上手に付き合う方法というのを、志村さんから教えていただいたような気がします」

かわかみ・まいこ 
1966年、スウェーデン・ストックホルム生まれ。1980年のNHK『ドラマ人間模様【絆】』で女優デビュー。ドラマ・映画・舞台と幅広く活躍中。

4月2日(日)、第11回「インターペット ~人とペットの豊かな暮らしフェア~」(東京ビッグサイト)にてトークイベント出演。4月21日(木)まで、猫好きのための情報の発信基地を作るため、クラウドファンディングに挑戦中。4月23日(土)、阪神梅田本店「まるごと猫フェスティバル2022」にてサイン会開催。

取材・文/我妻弘崇