とある男性が出会った“牛人間”

 11名の語り手の体験談のうち、豊島さんが一番、「怖い」と感じたのは2話目に登場するフリー編集者・綿谷翔さんのエピソードだという。

「僕が取材をした東大出身者は壮絶な人生を送ってきた人が多く、綿谷さんもそのひとりです。彼はほぼ母子家庭で育ち、母親の再婚で地方から神奈川県へと引っ越しました。再婚相手はクリスチャンで、食事の前に両手を組んで『アーメン』と祈り、その手で綿谷さんを殴ったそうです。そうした日々を送る中、綿谷さんは家の近くの林の中で、首から下は人間、顔は牛の“牛人間”を目撃します」

 綿谷さんは1年後に母親とともに故郷へ逃げ戻り、その後、東大進学とともに上京した。

「過酷な状況下で育ちつつも勉強ができる人は、現状からの避難先として東大へ駆け込む。僕はそうした人たちが経験したことも東大怪談であると考えているんです」

 豊島さんが印象に残ったというのは、綿谷さんの東大進学後の話。東大生になった綿谷さんは毎年のように、牛人間を目撃した土地を訪れているという。

「得体の知れない牛人間ももちろん不気味ですが、彼にとっては負の記憶しかないような場所に、なぜ、頻繁に足を向けるのか。我々の理解を超えています。継父から虐待を受け、牛人間に出会った場所は、なぜ彼をそこまで惹きつけるのか? 彼は何を見てしまったのか? そう考えると異様な恐怖を感じるんです」

 本書にはほかにも、過酷な環境に育った東大生たちが経験した“いろんな意味”での恐怖エピソードや、その怪異なできごとを東大生ならではの頭脳で捉えた新感覚の怪談話が数多く収録されている。

監督にとっての“怖い”という感情

 2005年にドラマ『怪談新耳袋』で監督デビューした豊島さんだが、もともとは怖いものが苦手だったという。

「10代のころは『未知との遭遇』すら、怖くて観られないほどのヘタレだったんです。でも、30代になってから心霊スポットへ行き、そこにいる霊を挑発することでカメラに映すという仕事(『新耳袋 殴り込み』シリーズ)に携わることになりました。たとえば、女性の霊が出るといわれているトンネルを夜間にひとりで自転車で走り、『ヘイ! 彼女、乗ってかない?』と声をかけたりとか(笑)」

 暗闇の中をひとりでカメラを持ち霊が出るといわれている場所へ行くことは、死ぬほど怖い経験だったと振り返る。

「でも、“怖い”というのは心が震えるベーシックな感情のひとつでもありますから。そうした経験を通して、観る人が心を揺さぶられるような作品を創れるようになりたいと思うようになりました」

 本書を執筆した豊島さんが、今、一番怖いものは何なのだろうか。

「2020年にドキュメンタリー作品『三島由紀夫vs東大全共闘~50年の真実~』の監督をしたんです。50年前の映像には、三島由紀夫も東大全共闘の青年たちも皆、自分の名を名乗り、相手の呼吸や息遣いが感じられるほどの至近距離で言葉を交わす様子が映っていました。

 その姿を見て、コミュニケーションの形としては非常に健全なものだと思ったんです。翻って考えるに、今、SNS上で匿名で罵詈雑言を浴びせ合うのがコミュニケーションだとするならば、隔世の感があります。SNS空間というのはある種、非常に怖いものであると感じています

 自身の持つさまざまな“怖さ”のアンテナとフィルターを駆使し、数多のエピソードを一冊にまとめた『東大怪談 東大生が体験した本当に怖い話』。豊島さんは、オカルト話が好きな人はもちろん、他人の人生に興味がある人にも楽しんでもらいたいと話す。

「僕は職業柄、他人の人生に興味がありますし、他人の人生をのぞき見したいという好奇心も強いんです。怪談というジャンルに関心がない方でも、この本を通して“世の中にはこんな人がいるのか!”という、ある種の好奇心を満たしてもらえるのではないかと自負しています」

豊島圭介

 1971年静岡県生まれ。東京大学教養学部表象文化論専攻卒業。卒業後はロサンゼルスのアメリカン・フィルム・インスティテュート(AFI)の監督コースに留学。帰国後、2003年に『怪談新耳袋』で監督デビューし、以後、アイドル、ホラー、恋愛、コメディと多岐に渡るジャンルの映画、ドラマに携わる。2020年公開の『三島由紀夫vs東大全共闘~50年の真実~』では初のドキュメンタリーの監督を務める。最新作は6月17日公開の『映画 妖怪シェアハウス-白馬の王子様じゃないん怪-』。

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東大怪談 東大生が体験した本当に怖い話』
豊島圭介/著 株式会社サイゾー 1400円+税

取材・文/熊谷あづさ

ライター。猫健康管理士。1971年宮城県生まれ。埼玉大学教育学部卒業後、会社員を経てライターに転身。週刊誌や月刊誌、健康誌を中心に医療・健康、食、本、人物インタビューなどの取材・執筆を手がける。著書に『ニャン生訓』(集英社インターナショナル)。ブログ:「書きもの屋さん」、Twitter:@kumagai_azusaInstagram:@kumagai.azusa