かわいい幼児を抱き上げたい“病癖”

 検察は女が悪意を持って女児を連れ去ったとして未成年者誘拐で起訴、当初は見送られるかと思われた保護責任者遺棄と傷害の容疑でも追起訴された。

 争点としては誘拐の故意、傷害罪の成否、そして保護責任者遺棄だったが弁護側は未成年者誘拐と傷害についてはそもそも成立せず、具合の悪くなった女児を公園に寝かせた後も気にかけており保護下を離れたとは言えないとしていずれも無罪を主張した。

 2008年(平成20年)12月、神戸地方裁判所は女に対し、起訴されたすべての罪状を認定、懲役10年の求刑に対し懲役7年を言い渡した。その後、最高裁まで争われたが判決はすべて棄却、2011年(平成23年)5月に懲役7年が確定した。

 女の罪は認定されたが、正確には傷害については、結局なにがどうなってケガを負わせたのかは不確かなまま。誘拐される前の女児の様子、病院での状態などを総合的に見たうえで、そのケガの発生に女が関与していないという合理的な疑いをさしはさむ余地がない、という判断での判決だった。

 加えて、女には以前からある「病癖」があることも分かっていた。

 女は看護師としては助産師の資格も持っており、実習生らからは手本とされるような看護師だったという。しかし、女は看護師になって間もないころから体調不良や精神的に不安定になるなど、悩みを抱えていた。

 うつ病のために休職、通院歴があり、その主治医によれば以前から女は気分が暗くなると衝動的に万引きを行っていたこともあり、過去には検挙されたこともあった。万引きを繰り返したのはその時期服用していた薬の副作用の影響も考えられたため、その薬は処方されなくなっていた。

 その衝動の中に、「かわいい子どもを見ると抱き上げたくなる」というものがあったのだ。

 あの日、自宅に女児を連れ込んだ女は、女児に何をしたのか。女児は硬膜下血腫が生じた状態で搬送されており、命を落としてもおかしくない状況だった。裁判が行われていた時点では女児は完全に回復出来ておらず、その後も障害が残る可能性も指摘されていた。

 それでも女は、最後まで女児のケガだけでなく、悪意を持って連れ去ったことも放置して逃げたことも認めようとはしなかった。女には懲役7年のほか、約1億4400万円の損害賠償請求も女児の両親から起こされており、そのほぼ全額の支払いを命じる判決も出ている。

 幼児の連れ去りや危害を加える事件は、なにも男性による性的な動機だけではない。2010年には足利市内の子ども向け衣料品店で、赤ちゃん連れの親に近づき親し気に話しかけ、赤ちゃんを抱かせてもらいその足をひねって骨折させた女がいた。女が裁判で語った動機は、「幸せそうな家庭への嫉妬心」だった。

 また、西宮の事件では、女について怪しい行動が複数回確認されていたにもかかわらず、警察への相談の際に女の個人情報を伝えていなかった点に問題はなかったか、という見方もあった。

 店側は個人情報保護法にのっとった判断としたが、迷子をよく見つける女がいる、だけではさすがに顧客の情報をおいそれと明かすことは出来なかった。その店側の判断は警察も理解を示しているが、もし、その時点で一歩踏み込んだ判断をしていたら、女児の事件はおきていなかった可能性もあると指摘する声もあった。

 西宮の女は、その動機すらよくわからないままだ。ひとつだけ女が認めていたのは、ただ、かわいい幼児を抱き上げたい、そういう気持ちがあったということだけ。その衝動ははたしてこの先抑えることが可能なのだろうか。

事件備忘録@中の人
 昭和から平成にかけて起きた事件を「備忘録」として独自に取材。裁判資料や当時の報道などから、事件が起きた経緯やそこに見える人間関係、その人物が過ごしてきた人生に迫る。現在進行形の事件の裁判傍聴も。
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参考文献
朝日新聞社 平成18年9月7日、9月8日、9月26日大阪朝刊、平成20年5月22日大阪地方版/兵庫、12月24日夕刊
NHKニュース 平成18年9月7日
読売新聞社 平成18年9月7日大阪朝刊、夕刊、9月8日大阪夕刊、平成20年7月7日、9月19日大阪朝刊、12月24日大阪夕刊、平成23年6月25日大阪朝刊
毎日新聞社 平成18年9月7日大阪朝刊、9月9日大阪夕刊、平成18年9月13日朝刊/阪神版
産経新聞社 平成18年10月7日【ニュースを斬る】西宮の女児重傷事件 防犯か個人情報保護か 
大阪朝刊 平成19年11月20日大阪朝刊