演じることの面白さを教えてくれた人

 NHKのオーディションを受ける1年前、高校3年生のころ。“劇団民藝が『アンネの日記』の主役を素人から募集する”という広告を見た姉が「あなただったらアンネができるかもしれないわよ。ひょろひょろだから」と言い出した。実際、私は体重が34kgしかなく、浅黒かったからゴボウみたいだったんだけどね(笑)。

 ものは試しで受けてみると、なんと(!!)最終選考の6人に残ってしまい、ちゃっかり準主役ということで終わった。でも、女優になりたいわけではなかったから、一回こっきりの思い出。

 ……のはずだった。運命のいたずらよ。劇団民藝に私の審査書類が残っていたらしい。『アンネの日記』の演出を担当された菅原卓先生は、アメリカ演劇を日本に紹介したことでも知られるすごい方。そして、その弟さんが内村先生だった。しばらくたってから、NHKからハガキが届いた。「民藝から推薦があったんだけど、テレビのオーディションを受けてみないか

 女優になって右も左もわからない私を、たった一度だけ内村先生が褒めてくださったことがあった。自転車を押して歩くシーンで、私がなんとなく自然にベルを鳴らすと、「ベルを鳴らすというのが演技なんだよ」と微笑んで「演技ってそういうことなんだ」。ひよっこだった私に、演じることの面白さを教えてくれた、かけがえのないひと言だった。

冨士眞奈美(ふじ・まなみ)●静岡県生まれ。県立三島北高校卒。1956年NHKテレビドラマ『この瞳』で主演デビュー。1957年にはNHKの専属第1号に。俳優座付属養成所卒。俳人、作家としても知られ、句集をはじめ著書多数。

(構成/我妻弘崇)