この伝説的コンサート開催から約2か月後の1995年9月、剛健も参加した『V6』のお披露目と同年11月のCDデビューが発表されたのだが、当初はこのメンバー構想はジャニーさんの頭の中にはなかったものだという。

剛がいないのならV6やらない

「当時、ジャニーさんが最も期待を寄せていた三宅をワントップとするグループの予定で、そこに森田の名前はなく、別のグループでメインを張らせることを考えていたと聞きます。

 ところが、V6入りを打診された三宅は“剛がいないのならやりたくない”と。自分がメインになるよりも、“剛健”でグループになることを選んだのです。ジャニーさんも彼の意思を聞き入れ、結果としてトニセンのサポートもあってチームワーク抜群の愛されグループになりました」

 では、三宅が退所する5月以降、剛健コンビが再び顔をあわせることはあるのだろうか。

「今の森田は宮沢りえさんと“二人三脚でやっていく”印象を受けますし、夫婦で設立した事務所での活動や俳優業がメイン。彼女の後押しがあれコンビ復活もあるかもしれませんが、合流の可能性が高いのは『KEN Tackey』として活動したタッキーの方。タッキーが退所のきっかけになったとも言いますからね。

 でもまあ、これは私の希望ですが、それこそ三宅とタッキーが声をかければ、山下智久や渋谷すばるら“辞めジャニ”の黄金期メンバーによる一夜限りのコンサートなんていうのもありそう。その時は全員で『Can do! Can go!』を歌ってもらいたい(笑)」

『8時だJ』でもよく歌われていたV6の『Can do! Can go!』は、出演者やファンに馴染み深く、以降も後輩Jr.たちに歌い継がれている“ジャニーズ社歌”ともされる楽曲。これもまた愛されたV6の、“剛健コンビ”の功績なのだろう。