NHK『大奥』の狙いは中高年層

 NHKも視聴率は大いに気にする。特に連続テレビ小説と大河ドラマはそう。それは制作者たちも認めている。評価にも関わる。なにより、受信料を唯一の収入源にしているにも関わらず、ほとんど観られていないようなドラマはつくれない。

 半面、世帯視聴率時代が終わったので、狙った視聴者層が観てくれたら、いいのである。「ドラマ10」は最初から中高年がメインターゲットにしていると思しき作品が並ぶ。朝ドラが主婦を視聴者層の中心と考えているのは周知の通り。大河ドラマはファミリーを意識している。若い世代に向けては平日午後10時45分からの『夜ドラ』がある。

ドラマ10」の作品には共通点がある。テーマがシリアスなのだ。たとえば山下智久(37)が主演した2022年春ドラマ『正直不動産』の場合、コミカルな作風だったものの、観る側に「仕事とは何か」「生きることと仕事の関係」などを問い掛けてきた。

『正直不動産』も高い評価を得たが、視聴率はやはり低かった。同6月7日放送の最終回は個人3.5%(世帯6.5%)。もっとも、こちらも中高年には歓迎された。最終回の個人視聴率は50代以上の女性が5.9%、男性は同5.3%と高水準だった。NHKも成功だったと考えるから、冬にはスペシャル版を放送する。

 個人視聴率時代に入り、狙った視聴者層が観てくれれば良いという考えになったのは民放も同じ。今のスポンサーの多くはコア層にCMを見せたいと考えているため、局側もコア層をメインターゲットにしたドラマを中心に制作している。

 世帯視聴率は5人家族であろうが、1人でも観ていたらカウントしてしまう。観ている人の性別、年齢は分からず、人数すら割り出せない。これでは制作者が番組づくりに役立てるのは難しいし、スポンサーはCMを入れにくい。個人視聴率への移行は当然の流れだった。

NHK『大奥』は完全ドラマ化を目指す

 さて、『大奥』は異色のドラマだ。内容だけではない。知られている通り、TBSも2012年に連続ドラマ化していて、リメイクだからである。プライドの高いNHKの制作者たちが、民放が先にドラマ化した作品を再び制作した例は皆無に等しい。よしながふみ氏(51)の原作漫画によほど惚れ込んだのだろう。

 TBS版のプロデューサーは磯山晶氏で、これまでに『池袋ウエストゲートパーク』(2000年)、『俺の家の話』(21年)などを手掛けてきた。一方、NHK版は朝ドラ『ごちそうさん』(13年度下半期)、『腐女子、うっかりゲイに告る。』(2019年)などの岡本幸江氏。2人とも現在のドラマ界を代表すスター制作者だ。感度の高い優れた制作者は、追い求める作品が似るのかも知れない。

 NHK版は10月からパート2が放送される。TBS版は同局が制作した2本の映画を合わせても原作の全てを描けなかったものの、NHK版は完全ドラマ化を目指す。

 現在放送中のNHK版パート1は堀田真由(24)が演じる3代将軍家光から吉宗の時代までが描かれるが、パート2はそれ以降の大政奉還までの物語となる。赤面疱瘡を克服できるかどうかがカギだ。

 TBS版は『大奥〜誕生[有功・家光篇]』と題され、3代将軍家光を多部未華子(34)、大奥の 万里小路有功を堺雅人(49)が演じた。やはり評判高く、Twitter社が発表した2012年の年間トレンドランキングで、ドラマ部門の5位に入った。

 だが、当時は個人視聴率の導入前だった。全10話の平均世帯視聴率は8.6%。それだけを捉えて失敗作と評する向きもあった。個人視聴率時代の今なら、評価はガラリと変わったかも知れない。

取材・文/高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)放送コラムニスト、ジャーナリスト。1964年、茨城県生まれ。スポーツニッポン新聞社文化部記者(放送担当)、「サンデー毎日」(毎日新聞出版社)編集次長などを経て2019年に独立。