ロシア人も受け入れる寛容性の国ウクライナ

 今回の戦争の要因のひとつが、2014年のロシアによるクリミア併合だ。国際的にもウクライナの領土とされていたクリミア半島が不可解な独立宣言をし、結果的にロシアの領土に加わることになった。

「このころから、僕は何度もウクライナで取材を重ねてきました。現地の人たちと深くふれ合うにつれ、その国民性や暮らしそのものに引き込まれ、いつの間にか僕はウクライナが大好きになっていたんです」

 ウクライナには、キーウの聖ソフィア大聖堂やリビウの歴史地区など複数の世界遺産がある。花であふれ、オペラやアートが生活に溶け込む美しい国だ。戦争前は、観光客はもちろん留学生も多くいた。

「ウクライナ人には、他所から来る大勢の人を受け入れる寛容性があります。たとえ他宗教、他民族の人であっても、極端にいえばロシア人ですらも、やわらかく迎え入れる。国際結婚も多くて、すごくオープンマインドなんです」

 キーウへの取材のため、ポーランドの国境から夜行列車に乗り込んだことがあった。車内には、避難先のポーランドから祖国へ帰るウクライナ人らも大勢いたという。

キーウ中心駅で家族を迎える父親 撮影/渡部陽一
キーウ中心駅で家族を迎える父親 撮影/渡部陽一
【写真】渡部陽一が目の当たりにした、ウクライナの首都キーウのリアル

「日本人の僕のことも、ごく自然に受け入れてくれるんです。およそ16時間の道中、この戦争についてどう思うか、なぜ祖国に戻るのか、一晩中語り合いました。取材というより、まるで僕もみんなと一緒に祖国に戻るような感覚でした」

 キーウ駅に到着すると、多くのウクライナ人男性が花束を持って待っていた。避難先から帰国した妻や子どもを出迎え、家族で抱き合って泣く姿をカメラに収めた。

戦時下で危険だとしても、祖国に戻りたいと考えている人がとても多いんです。それはウクライナ人にとって、みんなと一緒にいることが何よりも大切だから。

 家族はもちろん、友人、親戚、地域の人たちがいつも一緒にいます。誰か困っていたらすぐトラックで駆けつけ、自家発電で電気を起こし、助け合うんです。

 当初、ロシアに比べてウクライナは圧倒的に軍事的兵力が劣っていました。にもかかわらず長期戦を耐え抜くことができたのは、国民が持つ、支え合いの精神が底力になっているからではないかと感じます」