模索が続いた20代で転機となった映画出演

 映画やドラマに出演するようになって忙しくなり、学校をやめて仕事に打ち込む坂口だったが、思うように活躍できない日々が続いた。

 23歳のときに出演したドラマ『DANCE&MUSIC熱血学園ドラマ 押忍!!ふんどし部! シーズン2~南海怒濤篇~』で共演した八十田は、居場所がなさそうにしている坂口を覚えている。

「そのドラマは同じ事務所の加藤諒も出てたんですけど、涼太郎と諒はおちゃらけな役をやらされてる感じだったんですよ。だから『そのセリフ、面白いと思って言っちゃダメだよ』とアドバイスしたんです。台本上、笑いを取りにいくセリフだけど、それを最初から面白いと決めてかかって言うなよ、自分のセンスで言ってみなよ、って」

 坂口も模索が続いていた日々を「これからどうすんの、どうなっていくの、みたいな感じでした」と言う。

「でもこの時期にいろんなことを経験しておきたいと一丁前に思ってたかも。鬱屈とした感じとか、やりたいのにできないとか、そういう気持ちをちゃんと味わえたほうがいいんじゃないかなって。社会経験じゃないけど、そういう気持ちがわかっていたほうが、今後いろんな役がきたときに、その人たちの気持ちになれるんじゃないかなって信じて日々生活してた気がします。だからすごく嫌ではなかったですね。でもオーディションで落ちた役を他の人がやっているのを見て『俺がやったほうがよかったのに』とか思ったりして。いつか自分のタイミングがくるだろう、みたいに思ってました」

坂口の出世作となった映画『ちはやふる』の舞台挨拶にはまだ坂口はいない。だが、同作の「ヒョロ」役がその後の運命を変える出会いとなった
坂口の出世作となった映画『ちはやふる』の舞台挨拶にはまだ坂口はいない。だが、同作の「ヒョロ」役がその後の運命を変える出会いとなった
【写真】ダンスの発表会で自分を精一杯表現する“クセメン”俳優・坂口涼太郎

 坂口の名が世間に知られるようになったのは2016年公開の映画『ちはやふる -上の句-』で演じた、おかっぱ頭でヒョロヒョロな体形の“ヒョロ”こと木梨浩役だ。

「もともと末次由紀先生の原作漫画を読んでいて、ヒョロを見た瞬間に『自分じゃん』と思ってたんです。その後、漫画を描く友人が末次先生のアシスタントをしていて、先生が開いたホームパーティーへ行く機会があって、『いつか実写化するときは、ヒョロくん役よろしくお願いします!』とふざけて先生に言ったことがあったんです(笑)」

 とはいえ、原作者にキャスティング権があるわけではない。映画の製作チームは選考に悩み、実写に向かないキャラクターのため、映画には出さないという話もあった中で見つけ出したのが坂口だった。役に決まったとき、坂口は「あ、やっぱ俺なんじゃん」と思ったという。

「この役は自分以外の誰がやるんだろうって思うぐらい、マジで気持ちとか見た目とかすべてが私だったんです。なんかそういう変な偶然が起きるって、面白いな人生、と思いました」

現在のマネージャー、福田さんが担当してからの坂口。トレードマークのおかっぱ頭に個性が生きている
現在のマネージャー、福田さんが担当してからの坂口。トレードマークのおかっぱ頭に個性が生きている

 役に近づけるため60キロから53キロまで体重を絞った坂口は漫画の世界からそのまま抜け出たようで、世間はその姿に度肝を抜かれた。3部作となった映画はヒット、坂口は舞台挨拶に立つなど話題となって、このまま波に乗れるかと思っていた。が、現実はそんなに甘くなかった。しかしこの映画で坂口を見て「担当したい」と心に決めた男がいた。それが現在、坂口のマネージャーを務めるキューブの福田大祐さんだった。

「当時、私は加藤諒のマネージャーだったんですが、坂口の友人である加藤から坂口のことはよく話を聞いていたんです。キューブは社員の自主性を尊重してくれるところがあり、坂口のマネージャーをやりたいと立候補しました。今は加藤と坂口含め10人の俳優を持つマネージャーになって、自分から手を挙げて担当した子もいますけど、坂口は初めて自分から立候補した俳優なんです」

 坂口のどんなところがそこまで思わせたのだろう?

「演技です。負けた姿にすごく心を打たれたんです。ヒョロは主人公たちのライバルで、負ける側の人間ですけど、ちゃんと役としての人生を坂口がすごく丁寧に演じていた。あとで坂口から聞いたんですが、役作りをするときに『自分が演じる役の人はこの世界に絶対1人はいる』と思って、その1人のために演じると言っていました。ヒョロは見た目がエキセントリックなので、そこに引っ張られすぎてしまうと飛び道具で終わりかねないですけど、ちゃんと人間として演じていたんです。また舞台の木ノ下歌舞伎『勧進帳』で演じた富樫役も本来通してはならない関所でいろんな葛藤があった末、源義経と弁慶たちのことを通してしまう役だったりと、坂口の演技には“敗者の美学”があるんです。それは坂口自身が、ずっとキラキラした道を歩いてきた人ではないからだと思います」