結婚という呪縛 息子に感じる距離

 長男が高校生になったころ、母親がヨシエさんにポロリとこぼしたことがある。

「お母さんがあんなに結婚しろって言ったのが悪かったのかな」

 ヨシエさんは「私が相手を選ぶ目がないだけ。お母さんは悪くないよ」と答えたそうだ。

「母を恨む気持ちより、家事、育児を丸投げしている申し訳なさのほうが大きかったです」

 そのときふと、息子との関係について思ったことがある。

「私は産むときに身体は貸したけど、2人の子どもは“預かりもの”だったんじゃないかなと。息子たちにごはんをあげたりお風呂に入れたりして育ててくれたのは父と母なので、息子も私に対して遠慮しているところがあるし、私も他人の子を褒めているみたいに感じることがあります」

 長男が就職し、次男も大学進学で家を離れた後、両親に「会社を辞めたい」と告げた。

 恩返しも込めて、両親をいたわりながら暮らしたいと考えたからだ。母親は「ヨシエの好きにすればいいよ」と言ってくれた。

 しかし1週間後、母親は自宅で突然死してしまう─。

「母に恩返しをする時間をつくれなかったのが、いちばんつらかったですね……」

 その後、23年勤めた会社を退職した。家の事情を考慮したのか、ようやく夫も家にお金を入れてくれるようになったという。ヨシエさんは今、高齢の父の世話をしながら、再雇用で週2回の勤務を続けている。

 もともと読書好きなヨシエさん。時間に余裕ができたとき本屋を覗いて買ったのが『母親になって後悔してる、といえたなら』だ。後悔という響きにドキッとし、自分はどっちなんだろうと、人生を整理しながら、振り返った。

「結論から言うと、母親になったことは後悔していません。ここで後悔していると言っちゃったら、これまで頑張ってきた人生を全部否定するような気がして、自分で無理やり後悔していないと結論づけたのかもしれませんが。

 できれば母が亡くなる前に、『おばあちゃんになって後悔している?』と聞いてみたかったです。でも、苦労ばっかりかけたから、ヨシエを産んだことを後悔していると言われたらどうしよう(笑)」

 もし、家という縛りがない状態で、子どもを産む前に戻れるとしたら、もう一度子どもを産みますかと聞くと、ヨシエさんは「産みますね」と即答した。

「ただ、結婚相手は選ぶ(笑)。母が亡くなって、ずっと泣いている息子たちの姿を見たときに、私の次に家のことを思ってくれる存在を産めたからよかった……これが自分の役割だったんだなと感じました。ちゃんと子育てしていないからそう言えるのかもしれないけど、次は育児をきちんとしてみたいなと思います」

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 次号、最終回は共働きの妻とともにイヤイヤ期の娘を育てる男性の話をお伝えする。

はぎわら・きぬよ 大学卒業後、週刊誌記者を経て、フリーライターに。社会問題などをテーマに雑誌に寄稿。集英社オンラインにてルポ「ひきこもりからの脱出」を連載中。著書に『死ぬまで一人』(講談社)がある

取材・文/萩原絹代