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ー (1)まさかの替え玉事件(1925年、第6回大会)

 1月2日、3日は恒例の「箱根駅伝」。大会の始まりは大正9年、今回で102回を数えるが、これまでの長い歴史のなかでさまざまな予期せぬことが起きている。そこで、語り継がれるべき“珍事件”6つを箱根駅伝ファン歴30年のライターに教えてもらった。ぜひ中継を見ながら楽しんで。

(1)まさかの替え玉事件(1925年、第6回大会)

 箱根駅伝ができて6回目の大正14年、当時は20キロ走れる選手を10人集めるのは大変なことで、どの大学も苦労していた。そんななか、日本大の3区を走ったのは学生ではなく、なんと人力車夫。

 バイト代を払って走らせたものの、前の選手を抜き去る際、車夫独特の「あらよっと!」のかけ声を上げたため発覚したそう。これが有名な「人力車夫事件」。今ではまず考えられない替え玉事件だ。日本大は責任を取り、翌年の大会参加を辞退した。

(2)走り出しちゃった警官事件(1921年、第2回大会)

 箱根駅伝が始まったばかりの第2回大会 。警察官の前田喜太平さんは、日比谷周辺を警備していたが、沿道の盛り上がりにアドレナリンが大爆発。なんと、選手と一緒に走り出してしまった! もちろん、現場は大混乱。

 責任をとる形で辞職した前田さんは一念発起。日本大に合格し、駅伝部へ。第3、4回大会では10区を走り、第6回大会では見事2区で区間賞! 選手として箱根路で輝いたのだった。

(3)コースを間違えちゃった事件(2011年、第87回大会)

 最終10区を11位でタスキを受け取った、國學院大の寺田夏生さんは先を走る他校を猛追。日体大、青山学院大、城西大と激しいシード権争いを繰り広げる。4校のうち、シード権が取れないのは、わずか1校。ゴールまで残り200m。寺田さんは勝負をしかけ、スパート!ところが直進すべきコースを、中継車につられて右折してしまう。

 大あわてでコースに戻り、死に物狂いでラストスパート。城西大を抜き返してゴール。その差はわずか3秒。悲願のシード権をなんとか手に入れた。

(4)3日前に集団食あたり事件(1991年、第67回大会)

 大会3日前の1990年12月30日、駒澤大に衝撃が走った。なんと、エントリーしている10人のうち、6人が下痢の症状を訴えたのだ。原因は生ガキ。重症の2人はひと晩入院するほど。

 それでも、無事だった5区と7区の選手がレース当日、区間賞を取るなど、チーム一丸となってアクシデントを乗り越え、結果は9位。シード権を無事に死守した。

(5)泥棒を捕まえたランナー事件(2003年、第79回大会)

 箱根駅伝まで1か月を切った2002年12月17日、専修大の太田宏嗣さんが、神奈川県川崎市内で万引き犯を捕まえてニュースに。“お手柄ランナー”として3区に登場したが、腹痛を起こしてしまう。

 前のランナーをつかまえるどころか、後続につかまるばかり。区間最下位で、チーム順位を18位まで下げてしまった……。

(6)犬が並走して“区間新”事件(1977年、第53回大会)

 最後に、ほんわかとした珍事件をご紹介。この年、スピードランナーを揃えた日本体育大は往路を制し、復路6区を先頭でスタートした塩塚秀夫さんだったが、どこからきたのか白い犬が塩塚さんに並走。犬のおかげもあってか、結果的に前年に自身がマークした区間記録を1秒縮める区間新だった。

 当時は野良犬が多く、いまでは見られない光景だが、毎年、箱根駅伝の中継で犬と走る塩塚さんの映像が紹介されるため、いまでも多くの人におなじみの“珍事件”なのだ。

 勝負以外にも見どころが多い箱根駅伝、今大会でも“珍事件”が生まれることがあるかもしれない。