宝泉薫さんによる『週刊女性』の名物連載「人生アゲサゲ分かれ道」。第133回は美川憲一さんを取り上げます!
私に合うのは贅沢
パーキンソン病でリハビリ中の美川憲一が、芸能活動を再開した。
12月14日、コロッケとのディナーショーで復帰。とはいえ、4日前の会見ではこんな思いを語っていた。
「現代医学では治らない病気ですから、ずっとこれは引きずりながら、薬もいい薬は出てますけど、リハビリをしながら日々努力をして、しぶとくコンサートをやっていきたいと思っております」
運動機能が低下する病気とあって、一時は歩くのも大変な状態になり、これまで「病気したことない」美川にとっては「本当にきつかった」という。
その人生といえば─。複雑な生い立ちからの歌手デビュー、薬物での2度の逮捕による転落、そこからコロッケにモノマネされたことで息を吹き返し、歌番組の豪華衣装や芸能スキャンダルでのご意見番的ポジションで安定した活躍。1993年の「貴りえ破局」では、宮沢りえに貴花田(のちの横綱貴乃花)との結婚をあきらめるよう説得する役割も担った。
また、2023年にはニュースサイトのインタビューで、再ブレイクの際「オネエキャラ」にしたのは「商売になる」と思ったからだ、と明かしてもいる。
そんな山あり谷ありの人生を時にあざとく生き抜いてきた人にとっても、この病気は想定外だったのだろう。
というのも、'89年に出版された半生記『とにかく、読んで!』の中で、老後について《想像することは大好き》だとして、いろいろ書いているが─。病気になる心配については、まったく触れていない。
おそらく、自分が健康でいられることを当たり前に思えるタイプなのだ。これは実際に病気知らずだったことに加え、楽天的な性格も大きいのではないか。不祥事から復活できたのも、そこが幸いしたのだろう。
例えば、豪華衣装を着る理由についても面白いことを書いている。不祥事という現実でファンを裏切った分、夢のある世界を見せなくてはいけないから、というのだ。
この徹底したプラス思考は、いかにも芸能人向きだ。半生記にも《ナットウを食べても、人よりはゼイタク》と題した章があり、こんな美学が綴られていた。
《私に合うのは贅沢で、お金があろうとなかろうと、いつも贅沢をしているというポーズで一生いたいわね。(略)贅沢なものを身につけて、パッと目立つのが芸能人というものでしょ》
低迷期にも目立ち続けていたおかげで、コロッケにモノマネされたし、贅沢志向は小林幸子との衣装対決につながった。宝石や時計の収集では時々、数千万円単位の盗難に遭ってきたが、それも美川ならではのゴージャスでちょっと間抜けなネタになる。
今回の会見について、芸人の小籔千豊が「芸能人をちゃんとしてはる人」と評したように、この人はすべてがザ・芸能人なのだ。
そんな美川が80歳目前で大病に。それも劇的かつ派手なイメージの病気ではなく、地道にコツコツ闘わなくてはいけなくて、しかも完治はせず、症状の進行をできるだけ遅らせるのが最善という病気だ。
前出の半生記には、老後について《物質欲はなくなってるわね》と予想したうえで《でも(略)きっと、新たな欲が湧いてくるはずよ》という一節が。今の美川にとって、それは「健康欲」なのではないか。
老いという人生最後の転機において、多くの人が悟るのが健康のありがたみだ。その法則に、例外はほとんどない─。











