目次
Page 1
ー たくろうの特徴的な話し方とは

 12月21日、漫才の頂点を決める『M-1グランプリ2025』が六本木のテレビ朝日本社で開催され、お笑いコンビ・たくろうが過去最多の応募数となった1万1521組の頂点に立ち、21代目の王者となった。

たくろうの特徴的な話し方とは

「今大会で最終ステージに残ったのがたくろう、エバース、ドンデコルテの3組で、エバース以外が初めてのファイナリストという熱い戦いでした。最終的にはたくろうが8票、ドンデコルテが1票、エバースが0票という結果に。たくろうが最終決戦で披露したネタは11月に作ったという直近のもので、その不慣れ感も多くの人のツボに刺さったようです」(スポーツ紙記者、以下同)

 今回のたくろうの優勝は、これまでの『M-1』史のなかでは大きなインパクトがあったという。

「一般的に漫才はボケとツッコミですが、彼らの場合は明確には分かれていないように見えます。いうなればボケと大ボケ。また、話し方もほかの芸人と同じように勢いがあったわけでもありません。ツッコミ不在の中で観客が笑いのポイントを明確に認識できたのは、2人の特徴的な話し方があったからではないでしょうか」

 特徴的な話し方とは、いったいどんなものなのだろうか。「話し方のトレーニング」を提供している『kaeka』代表の千葉佳織さんに、優勝したコンビ・たくろうが披露した漫才の面白さについて、話し方の側面から分析してもらった。

「今回のたくろうさんのネタにおいて、“状況がわかっていない感”を作っている要素が鍵となりました。ボケの赤木さんが戸惑い、そこから順応していく部分が面白い要素でしたが、そう見えた要因は話し方が細かく変化していったからなのです。 例えば、10組が競い合った1本目のネタ。まず冒頭から中盤にかけては、あえて、とちった話し方を実現しています。『リ、リングアナ、何よリングアナって』『ああ、あれを言う人を、何がいいのあんなんして』など、わざと言葉を言い直していることがわかります。 そして言いとちりの中でも、特に際立っていたのが“フィラー”です

 フィラーとは言語学の用語で「えー」「あのー」「えっと」といった無意識に出てしまう意味のない言葉を指す。

「基本的にビジネスシーンにおいてはフィラーが入った話し方はかなりわかりにくく、自信がないように聞こえてしまいます。決勝に進出していたほかのコンビもほとんどこのフィラーが入らないようにしているのですが、赤木さんだけは“え〜、WHO、え〜、世界保健機関 会長”“え〜、PCR、え〜5年連続、陽性”など、フィラーを駆使して話していました。これにより、観客には赤木さんがより一層頼りなく、自信がないという印象が伝わってきたのです」(千葉さん、以下同)

 たくろうのネタは、1本目も2本目も「きむらバンドがよくわからない状況に赤木を誘い込み、その状況下で戸惑いながら赤木がボケ続ける」という構図の漫才だった。その設定を際立たせたもう一つの特徴が「間」だという。

「注目を集める4秒の間も秀逸でしたね。1本目のネタの際、赤木さんが“ここはわからないながらに話さなければならないんだ”という表現をするために、相方のきむらバンドさんを見つめ、4秒間の沈黙と共に左右に視線がカタカタと動いている。そして4秒の間をとって、“え、性格、うぅ、おだ〜やか〜”と答える。 また、この間の工夫は2本目も同様にされていました。“マイアミに出張って、言ってなかったっけ?”(間)“え、あ〜、言ってたかもね〜”という、会話に間があると、間が取られたあとにどんな話が展開されるか期待しながら聞いてもらえるなどの効果があるのですが、まさにこの間をうまく駆使していたと言えます

 最終決戦で披露した2本目のネタでは、ビバリーヒルズに住んでいるという設定のもとで海外ドラマの吹替風の会話が展開される流れとなった。

「吹き替えっぽさを出すためには、声の高低の緩急が重要になります“(高)だって君は〜(高)、マイアミに出張って、言ってなかったっけえ〜?(高)”というような感じ。つまり、言葉をつなぐときに語尾が伸び、そして高くなる傾向にありました。このように吹き替えっぽさを演出することにより、全体的に喜怒哀楽も伝わり、表現豊かな印象を実現できていました」

 漫才も話し方1つで大きく見え方が変わる。今回のたくろうの漫才はネタの内容と話し方のマッチングによって大きな笑いへとつながったのだろう。

「今回の漫才を通して、抑揚の駆使の仕方で、人はどのような状態でもカメレオンになれるということが学べます。私たちは赤木さんが演じた“何もわかっていない人”にもなれてしまうし、きむらバンドさんが演じた“明瞭に話す、自信がある人”にもなれるのです。抑揚の細部を分析し、自分なりの適切な抑揚を身にまとうことによって、日常シーンでもビジネスシーンでも、理想的な自分像をつくることができるといいですね」

 漫才界隈に新たな旋風を巻き起こした、たくろう。これからの活躍に期待大だ。

【プロフィール】話し方トレーニング「kaeka」代表・千葉佳織
15歳から弁論を始め、全国弁論大会4度優勝。そのうち、内閣総理大臣賞、文部科学大臣杯を受賞。慶應義塾大学卒業後、企業の人事部を経て、2019年株式会社カエカを設立。話し方トレーニングサービス「kaeka」の運営を行い、経営者、政治家、社会人の話す力を数値化し、話し方を改善するサービスをこれまで7,000人以上に提供している。2023年、東洋経済新報社「すごいベンチャー100」、Forbes JAPAN「次代を担う新星たち 2024年注目の日本発スタートアップ100選」に選出。著書に『話し方の戦略』。