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ー 金と銀にまみれた“バブル”時代

 仲野太賀主演の大河ドラマ『豊臣兄弟!』(NHK)。信長(小栗旬)から無理難題をむちゃ振りされ、困った秀吉(池松壮亮)が秀長(仲野)に泣きつき問題を解決していく。まるでマンガ『ドラえもん』を地でいくような世界観がわかりやすく、親しみやすいため、これまで歴史にあまり興味のなかった視聴者の心もわしづかみにしている。

金と銀にまみれた“バブル”時代

 しかし戦国武将が群雄割拠する戦国時代とは、いったいどんな時代だったのか。当時を知る手がかりをひもといてみよう。

 戦国時代の日本の銀輸出額は、世界の銀生産量のおよそ3分の1に達していたといわれ、マカオ・長崎間の中国の生糸と日本の銀との仲介貿易を独占していたポルトガルは、その利益でポルトガル王家の歳費を賄っていたといわれる。戦国時代の日本は、もしかしたらバブル真っただ中だったのかもしれない。

「16世紀前半に“灰吹法”と呼ばれる技術が伝わると戦国時代には銀の採掘量が飛躍的に伸び、戦国武将たちはこぞって銀山の採掘に乗り出しました。『豊臣兄弟!』の2人も但馬国と播磨国(現在の兵庫県)の国境にある生野銀山を手中に収め、天下取りに名乗りを上げました」

 こう語るのは、歴史評論家の香原斗志さんである。その分岐点を探ってみよう。生野銀山を手に入れる前の播磨国(兵庫県)の三木城攻め(1578年)と、備中国(岡山県)備中高松城攻め(1582年)。この2つを比べてみると、豊臣兄弟の戦ぶりがまったく違うことに気がつく。

「三木城は、餓死者が出るほどの徹底的な兵糧攻めを行い、城主の別所長治を降伏させましたが、資金に余裕がなかったため2年近くもかかってしまいました。一方、備中高松城では、低湿地帯にある沼城を東南約4キロメートル、高さ8メートルの堅固な長堤を築き、足守川の水を堰き止め200ヘクタールの湖をつくって水攻めにしています。

 しかも工事には士卒や農民たちが駆り出され、1俵につき銭100文、米1升と報酬を弾んだおかげで、わずか12日間で堤を築くことができました。こうした大盤振る舞いができたのも、生野銀山を手に入れたからにほかなりません」(以下、香原さん)

 こうして豊臣兄弟は、生野銀山で得たお金で鉄砲をはじめとする武器を整え、兵を養い天下統一を成し遂げている。そのころには金山の採掘も盛んになり、秀吉の居城・大阪城は黄金の茶室同様にキンキラキンであったことは有名な話である。

「戦国時代を制して江戸幕府を開いた徳川家康は佐渡金山をはじめ、生野銀山、石見銀山(島根県)、延沢銀山(山形県)など有名な金山・銀山をすべて幕府の直轄領にして270年にわたる泰平の世をつくりました。金山・銀山を押さえることが、天下人にとって必須条件だったのです」

 また、信長に謁見したイタリア人の巡察使アレッサンドロ・ヴァリニャーノは、著書『日本巡察記』の中で、

《(日本は)世界中でもっとも豊かな国土のひとつかもしれない。ヨーロッパに現存するすべての有効需要の対象物を産出し、あらゆる種類の家畜を大規模に飼育するのに十分なほど、土地は肥沃である》

 と書き記している。豊臣兄弟が天下統一を成し遂げたころの日本は、まさに「黄金の国ジパング」だったのかも。


取材・文/島 右近