NPB(日本野球機構)イースタン・リーグに参加する、『オイシックス』桑田真澄チーフ・ベースボールオフィサー(58)による「告白」が波紋を広げている。8月30日放送の文化放送『生島ヒロシの日曜9時ですよ~』にゲスト出演すると、読売ジャイアンツを電撃退団した真相を明かしたのだ。
桑田といえば2025年10月、2軍監督を務めていた巨人退団が発表され、後に山口寿一オーナーはその理由を、
「実は桑田二軍監督もフロント入りして欲しいと思っていたんだけれども、本人がユニフォームへの愛着が非常に強くて、今回はちょっと残念ながらうまくかみ合わなかったっていうことですね」
フロント入りを打診するも、これを本人が固辞したと説明。その上で「縁が切れた訳ではないと私は思っていますので、またぜひ力を貸してほしいと思ってる」と、あくまでも友好的な離別と強調して将来的な復帰も示唆していたのだが、どうやら事情は少々異なるようだ。
なんでも球団からは2026年シーズンでの2軍監督を要請され、桑田も信頼おけるコーチングスタッフと来季に向けて準備をしていたが、
「ある日突然ユニホーム脱いでくれって言われたんで。“何があったんですか?”っていうことになったら、“僕がいるとやりづらい”っていうことだったらしいです」
「やりづらい」と感じる「人物」は
なんでも桑田が2軍監督を務めることで「やりづらい」と感じる「人物」がいたようだ。この宣告に「“それ”が理由なら“僕がいる意味がないですよね”って言って辞めたんですけどね」と、フロント入りではなく、自ら退団を選んだという桑田。巨人にしてみれば桑田と“天秤”にかけ、その「人物」をとったということだろう。
「当然、1軍を率いていた阿部慎之助前監督(47)のことでしょう。本来、密な連携をとらなければならない1軍・2軍監督ですが、阿部前監督と桑田さんとでは野球への考え方、取り組み方が180度異なります。昭和的な熱血指導の前者に対して、選手を諭して指導する理論派の後者。
特に2軍選手の中には”桑田信者”も多かったと聞きますし、いちいち“桑田さんはこうだった”となったら、桑田さんの方が年上でもあるだけに、1軍監督やコーチ陣もやりづらくなるのは当然」(在京球団を取材するスポーツライター)
























