会見で全面降伏も“その後”に明暗

 不倫ではなく、違うものへの言い換えの派生として、

 “線を引く”型も。関係性は認めつつ……程度で否定する。これらは芸能人ではなく政治家で多く見られる。

 '17年、今井絵理子参議院議員は既婚の神戸市議との交際を報じられ、「一線は越えていない」と釈明。'25年にも前橋市の小川晶市長が、既婚である市の男性職員と10回以上ラブホテルを利用したことを認めながら、「男女の関係はありません」「打ち合わせでした」と説明した。どちらもSNSなどの反応は、“そんなわけがない”というものが大多数だった。

 もちろん不倫釈明には全面的に“非”を認めるものも。ただ、同じ全面降伏でもそこに巧拙、その後に明暗が分かれる。

 '20年、多目的トイレでの不倫が報じられた渡部建。会見では「最低な行為」と報道を全面的に認めた。渡部は「(騒動後に多目的トイレは)使っていないですし、使う権利もないと思います」「説得力ないですけど、(性的)依存症ではなかった」と釈明。

「不倫の内容が内容だけに全面謝罪でも批判の声はやまなかったですが、このときは会見での記者やリポーターの質問が“上から目線”“ハラスメント”だと、むしろメディア側にも批判が向けられました」

 現在の渡部は、ネット番組への出演が主。かつてのように地上波の第一線には戻れていない。

 渡部と対照的といえるのが原田龍二。'19年、家族も乗せる自家用車の車内で複数の女性ファンと関係を持っていたと報じられた。

「渡部さんと同じように不倫の“内容”から大批判を食らった。ただ会見で原田さんは、記者たちの露骨で直球な質問に正面から真摯に答え続けた。車内での行為が好きなのかと問われ、“大好きではありません”など、原田さんの家族は気の毒ですが、見てるほうはちょっと笑ってしまうような会見でした」

 騒動以後は不倫をネタにするキャラクターまで獲得したといえる。

 釈明には当然“逃げ”の形も。

「'18年に看護師との不倫疑惑を報じられた小室哲哉さんは、会見で不倫関係は否定しつつも“騒動のけじめ”として引退を表明。現在の芸能界に自分は必要ないのではないかと感じ、“もはやここまで”“音楽の道を退くことが私の罰”と終止符を打った。しかし、後に活動を再開しており、自らの仕事を生贄にして焦点をずらすような詭弁だったという見方は消えませんね」

 東出昌大も回答から逃げ続けた。'20年、唐田えりかとの不倫が報じられ、会見を開いた東出は質問に「お答えできません」を連発。

「当時の妻・杏さんを気遣ってのものでしたが、お相手の唐田さんは長期の活動休止に追い込まれた。その間、東出さんは山暮らしを開始、さらに別の女性と再婚と悠々自適といえる生活。不倫の代償はあまりに非対称といえます」

 不倫についての釈明の言葉は今後も変化・進化し、また新たなものが生まれ続けるだろう。しかし、きっと人の“行い”は進化しない─。