目次
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ー 8歳から売れっ子子役として活躍
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ー NHKへの出演は無理だろうと……
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ー 僕は芝居にしか行き場がない

「とうとう来ちゃったか、という感じ。古希でびっくりしていたら、もう喜寿になっちゃって。月日がたつのは早いよね。次に迎えるとしたら傘寿。ボーッとしてたら、すぐ80歳ですよ」

 そう話すのは、俳優の風間杜夫。今年4月の誕生日で喜寿を迎えた。喜寿のお祝いはというと─。

「誕生日に、息子ファミリー、娘ファミリー、孫4人に囲まれて、近くの焼き肉店で食事をしました。紫色のトレーナーをプレゼントしてもらいました」

 と、うれしそう。優しい笑顔に、良き家庭人の顔をのぞかせる。

8歳から売れっ子子役として活躍

 子役時代から数えると、キャリアは約70年。8歳のとき児童劇団に入所し、売れっ子子役として活躍した。

「僕が主演の児童劇映画がよく道徳の授業で使われていたんです。みんなで見て感想文を書くのだけれど、“住田君(本名)の泣く演技がすごく素晴らしかったです”って、みんな僕の感想になっちゃった(笑)」

 学校では人気者で、本人いわく、お調子者だったという。13歳のとき児童劇団を退所し、子役をやめ、学業に専念した。すると、風間少年に変化が起こる。

「ひきこもる内向的な性格になって、人前でおしゃべりができなくなってしまって。遅く自我に目覚めたのでしょう。友達と大勢でワイワイしているときはいいけれど、2人だけになると途端に何を話していいのかわからなくなって、悩むんです」

 それは病的なほどだった、と振り返る。友達と話すのすらままならなかった青年が、なぜか役者という道へ。

「自閉的になってひきこもってはいたけれど、それでも自分は今ここに生きているっていうことを、人に見てもらいたいじゃないですか。芝居という虚構の世界で、役の言葉を借りて自分を表現できる。それで芝居がやめられなくなりました」

 劇団の養成所に入り、改めて芝居を学んだ。22歳のとき、劇団で同期だった大竹まこと、斉木しげる、きたろうらと共に劇団「表現劇場」を旗揚げしている。

「宣伝用の写真を撮って、いろんなところに置いてもらって、仕事が来るのを待ってたけれど、どこからも声がかからない。そんなとき、日活ロマンポルノからお話があって」