NHKへの出演は無理だろうと……

 オーディションで監督に気に入られ、ロマンポルノデビューを果たす。たちまち売れっ子になり、計16本の作品に出演している。

 25歳で一般女性と結婚。これが一つの節目になった。

「結婚でずいぶん考え方が変わりましたね。やっぱり役者でお金をもらえるようにならないとダメだなと」

 '74年、NHK大河ドラマ『勝海舟』に出演。

「ロマンポルノの出演経験があるから、公共放送の出演は無理だろうと諦めてました。だけど、当時の若い監督はロマンポルノ好きが多くて。インテリが好んで見ていたんです。それで僕にお声がかかった」

 俳優として、本格的なキャリアの始まりだ。大きな転機になったのが、'82年の映画『蒲田行進曲』。つかこうへい原作・脚本、深作欣二監督作で、風間は銀幕スターの銀ちゃん役に抜擢された。

「つかさんに“おまえ、これで人生変わるぞ”って言われたんです。でもあの人、日常的に大げさなことを言うから、眉唾で聞いていたんですけどね(笑)」

「これからも舞台を続けていきたい」と語る風間杜夫。歌舞伎出演の夢は叶う!? 撮影/佐藤靖彦
「これからも舞台を続けていきたい」と語る風間杜夫。歌舞伎出演の夢は叶う!? 撮影/佐藤靖彦
【写真】『スチュワーデス物語』出演当時の風間杜夫がイケメンすぎる

『蒲田行進曲』は日本アカデミー賞で賞を総ナメにし、風間は最優秀助演男優賞を受賞。彼の名は一躍世間に知れわたることになる。

 インタビューの依頼が殺到するも、まだしゃべりは得意ではなかったようだ。

「当時は寡黙でね。記者の方を困らせました。“……(何十秒)”と書かれたり」

 2度目の転機は、翌'83年放送のドラマ『スチュワーデス物語』(TBS系)。ドラマは一世を風靡し、教官役を演じた風間は34歳にしてアイドル的人気を博した。アイドル誌の表紙やグラビアを飾ったこともある。当時、周囲の熱狂をどう受け止めていたのだろう。

「うれしかったし、調子に乗っていました(笑)。だけど、あの人気は信用していなかった。アイドルって、熱に浮かされた人たちの対象じゃないですか。熱はいつか冷める。ずっとアイドルでいられるわけないしね」

 どんなに周囲が騒ごうと、地に足をつけ俳優生活を続け、着実にキャリアを重ねてきた。そして45歳のとき、事務所を独立。舞台に軸足を置くようになる。

「芝居の現場が好き。2時間ちょっとの舞台のために、ひと月も稽古するわけじゃないですか。俳優としてこんな贅沢な時間はないから」