正体は女優の藤真利子
正体は女優の藤真利子。'77年デビュー、'85年の映画『薄化粧』(監督・五社英雄)でブルーリボン助演女優賞を受賞し、私生活でも萩原健一との仲が噂されるなど「恋多き女」として注目の存在だった。マッチより8歳上である。
2日前に明治座で千秋楽を迎えた近藤真彦座長公演「森の石松」の打ち上げにも彼女は姿を見せており、その情報を掴んだ『女性自身』編集部は「筑波にも現れるかも」とヤマを張った結果が「近藤真彦 藤真利子 筑波サーキット愛のシーン」という独占スクープにつながった。
ここからマッチと藤真利子の関係が取り沙汰されるようになる。12月にリリースされたマッチのニューアルバム『DREAM』の2曲目『時計じかけのロマンス』の作詞を「微美杏里」名義で手掛けたのも彼女なら、翌年1月スタートのドラマ『マイフェアねーちゃん』(TBS系)で姉弟役でマッチと共演している。
「何でもない。姉貴みたいな存在」というマッチのコメントに嘘はなかったかもしれないが、巨大化しつつあった恋人・明菜への当てつけのように見えなくもなかった。
これ以降、明菜の表情から覇気が失せていったのは素人目にも判った。その様子を察した加藤登紀子が自身の楽曲『難破船』を提供した経緯は、以前この誌面で述べた通りだが、それすらも「新境地」「神の領域」と称賛されまくるのだから皮肉なものである。
そんな煩雑な精神状態が長く続くはずもなく、1989年7月11日、中森明菜は恋人である近藤真彦のマンションで自殺を図る。未遂に終わるも女王の座から一気に転落し、程なく2人の関係は破局。棘が刺さったように始まった2人の恋は、大惨事のような結末を迎えたのだ。
明菜はデビュー間もない'83年に上梓したエッセイ『本気だよ』(小学館)の中で、自身の恋愛観をこう綴っている。
《恋がしたいなあ。べつに命を賭けるような大恋愛じゃなくていいの。お互いに心から信じあえる人と陽だまりのような恋がしたい》
招来する事態を思うと、その後の顛末を予期しているようにも読める。つまるところ、人間は自身の内面以上の存在になれないのだ。
とすれば、このたび本格的に復活をはたした中森明菜が、いかに歌姫の座に返り咲けるか注目しないわけにいかない。筆者は明菜の敗者復活戦に心からのエールを送るばかりである。
<取材・文/細田昌志>


















