新人離れした活躍

 帰国後はコンテンポラリーダンスへと軸足を移す。より自由な身体表現に触れるうちに、幼いころから遠ざけてきた“演じること”にも興味が芽生えていった。

「周囲のすすめもあって、演技に挑戦。'15年には舞台『銀河鉄道の夜 2015』で俳優デビュー。'17年公開の『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』で映画初主演を果たしました。池松壮亮さんとともに東京で孤独を抱えながら生きる若者を演じ、高い演技力が評価されてブルーリボン賞新人賞を受賞しました」

 芝居を始めてわずか2年ほどで頭角を現す。'19年には、大森南朋や長澤まさみ、江口のりこといった第一線で活躍する俳優陣が顔をそろえた舞台『神の子』に出演した。

 同舞台の関係者は、当時をこう振り返る。

「石橋さんはオンとオフをしっかり切り替えながら、稽古や公演には高い集中力で臨んでいました。キャリアが豊かな共演者たちの中でも気後れすることなく、対等に渡り合える力がありました」

石橋静河の母・原田美枝子(左)と父・石橋凌
石橋静河の母・原田美枝子(左)と父・石橋凌
【写真あり】「顔が長く見えて可哀想」と言われた石橋静河の髪型

 共演者たちからも、ひとりの俳優として高く評価されていたという。

「役者同士で話したり食事をしたりする場でも、石橋さんについて“いい俳優だ”という声があがっていました。ご両親が有名俳優だからということを感じさせるのではなく、すでにプロの表現者として芝居に向き合っていました」(同・舞台関係者)

 新人離れした石橋だが、意外にもおちゃめな一面も。'19年の舞台『ビビを見た!』で共演した中島妙子さんは、このように語る。

「みんなからは“しーちゃん”と呼ばれていました。芝居に向き合う姿は真剣そのもの。稽古中は試行錯誤しながら演技プランを練って、アザをつくりながらいろいろな動きを試していました。休憩時間には稽古で起きた面白い出来事を身体いっぱい使って再現しては稽古場で笑いを起こしていましたね」