目次
Page 1
ー 原作がある場合は必ず本を読む浜木綿子
Page 2
ー 忘れられない宝塚の同期生たち

 みなさん! 秋の夜長を楽しんでいらっしゃいますか? 私は、その日のうちに就寝して、翌朝5時には目が覚めてしまう早起き老人(!!)、浜木綿子でございます。

原作がある場合は必ず本を読む浜木綿子

カナダ、アメリカ公演のとき、カウボーイハットをかぶった浜さん(右)
カナダ、アメリカ公演のとき、カウボーイハットをかぶった浜さん(右)

 読書の秋ですね。本を通して人とつながる楽しさ。自分では経験できない多様な人生に触れることができて、世界が広がりますでしょ。楽しいですよね。

 私は、舞台で演じる演目で原作がある場合は、必ずその本を拝読します。

 まず、ストーリー。それに、キャラクター。セリフなどの描写をなるべく再現するために……ネ。有吉佐和子さんの『芝櫻』、宮尾登美子さんの『陽暉楼』や『寒椿』。二階堂正宏さんのブラック漫画『極楽町一丁目』などなど……。

 ですから、仕事を優先させた読書が多かった印象ですねェ。でもね、本って読むと思考力や共感力が上がるから、みなさんもストレスが軽減されるのではないでしょうか。

 もともと私は女優より、主婦になりたかったんですが、姉に誘われてタカラヅカの舞台を初めて観た日……。あの一糸乱れぬ群舞のダンスに一瞬で心を奪われてしまい、私もあの中の一人になりたいと思い立ったのです。でも、周りからは「今から宝塚を目指そうなんて無理」「1年もないのに絶対に無理だ」って。

 でも、決めたことを頑なに曲げないのが私の性格。猛練習の日々が続いて、いよいよ受験。受験番号はキリがいい「100番」になるまで母が待って、取ってきてくれました。運を天に任せて全力を尽くしました。なんと、合格!! すべてに感謝でした。

 1953年から始まった宝塚歌劇団での日々は、それはそれは厳しいものでした。忘れられない一つが、1959年のカナダ、アメリカ公演。横浜港から14日間かけて船で向かいました。最初に到着したバンクーバーは木々の緑が美しく街がキレイだったのが印象的でしたネ。

 31都市、92回公演でしたが、舞台はいつも「ブラボー!!」の声と共にすごい拍手で、上級生はじめ全員が胸をなで下ろしました。

 でも、ニューヨークのメトロポリタンだけは少し厳しい評価だったのを覚えています。そのニューヨークの街を全員、着物で闊歩したのは痛快でしたね。

 歌、日舞、演劇、ダンス、ピアノに至るまで、すべてを教えてくださった宝塚の先生方には感謝しかありません。恩人です。あの基礎があったからこそ70数年間、舞台に立ち続けられました。本当にありがとうございました。