陛下が訪れた荒川知水資料館で

 今年8、9月、東京は鬱陶しい雨の日が多かった。10月の連休中、久しぶりに晴天の日が続いたのを幸いに、私は岩淵水門まで足を運んでみることにした。

 地下鉄の駅を降り、荒川を目指して歩いた。水辺に近づくと、真っ青な空がどこまでも広がっている。河岸でボール遊びをする親子や釣りを楽しむ若者グループ、家族連れを目にした。秋晴れの下、誰もがとても気持ちよさそうだった。神社の祭りだろうか、神輿が練り歩く音が遠くから聞こえてきた。

 陛下が訪れた荒川知水資料館で、岩淵水門や荒川放水路について勉強した。江戸から明治時代にかけて、荒川下流部は隅田川に流れ込み、東京湾に注いでいた。しかし、たびたび洪水に悩まされ、1910(明治43)年の大洪水を契機として、岩淵から東京湾に向けた放水路(人工河川)を造ることになり、翌年から大工事が始まったという。

 放水路は全長22キロメートル、幅500メートルもある巨大なものだった。1924(大正13)年、旧岩淵水門ができあがり、1930(昭和5)年、荒川放水路の工事が完成した。旧岩淵水門の老朽化などのため、1982(昭和57)年、現在の岩淵水門ができあがった。今年6月の視察時に、陛下は災害対策支援船に乗り、岩淵水門などを間近で見学した。

 この10月24日、改正皇室典範が施行された。荒川のほとりでのんびりとくつろぐ人たちを見ながら私は、佳子さまたちには、天気が良いからふらっと出かけてみようという、自由は許されないのだと思った。そう考えると、内親王として窮屈な人生を終えることが、はたして幸せなのだろうかと、考えざるを得ない。

 佳子さまや愛子さまは、結婚後も皇室に残るのだろうか。その選択が注目される。

<文/江森敬治>

えもり・けいじ 1956年生まれ。1980年、毎日新聞社に入社。社会部宮内庁担当記者、編集委員などを経て退社後、現在はジャーナリスト。著書に2025年4月刊行の『悠仁さま』(講談社)や『秋篠宮』(小学館)など