'96年5月7日、都内スタジオで森の脱退会見を。15日には6人でお別れ会も

 そのマイペースぶりをメンバーからネタにされていたが、18年後、稲垣はそのときの真意をひっそりと打ち明けている。雑誌『an・an』の連載で、

《本当のことを言うと前日みんなで会った時に気持ちに決着をつけたつもりだったので…。でも遊んでいたからと思われていたのか、って(笑)》

 彼なりのケジメの気持ちだったのだろう。周囲に流されない自分の哲学を持っていた。

 SMAPで最初に人気が出たのは稲垣だった。'89年にNHKの朝ドラ『青春家族』に出演。'94年にはドラマ『東京大学物語』(テレ朝系)に初主演し、陰のあるナイーブな佇まいが注目を集めた。

 稲垣はジャニーズ事務所において、昔も今も異質な存在である。明るく元気で太陽の下が似合う若者たちの中で稲垣はただ1人、もの憂げでミステリアスな月のほの暗さを感じさせる少年だった。当時の彼を知る芸能記者は言う。

「昔から変わった子だったと自分で言ってましたね。友達がみんなサッカーしていても1人でボーッと空想にふけっていたって。“華やかさと暗さとか重さが共存してるものが好きで、感性を刺激される”なんてことも言ってました」

 やはり当時、彼を取材した女性誌の記者は、「SMAPでいちばん普通で真っ当な人」と評する。

「特別ニコニコもせず、不機嫌だったり構えたり、スターぶったりもしない。映画や音楽など興味のあることには饒舌だし、インタビューでも自分の気持ちに素直になることが大切と話す、自然体の人」