高校生には襲名するだろう“三代目市川亀治郎”

 それにしても驚きだったのは、昨年8月を最後に舞台から離れていた團子の姿である。身長は急激に伸びたのだろう、160センチを超え手脚もスラリとしていた。すっかり“團子ちゃん”から“團子くん”になっていたのだ。

「中学生になると舞台に出る機会は少なくなるとは聞きます。一般的にも中学生は子どもと大人のはざまでもありますし、そうなると演じる役も少なくなるのです。学校も大事だからということで、あまり手のかかる、頑張らなければならない役どころはやめておこうという風潮はあります」(喜熨斗氏)

 つまり中学生は学業と稽古に専念する時期であり、子役から俳優になるための修業期間なのだという。

可愛かった子役がしばらく見ない間に、イケメン俳優になって再び脚光を浴びるのはよくあること。團子くんも中学校を卒業し、高校生になったときに“三代目市川亀治郎”を襲名、舞台に立つのかもしれません。ゆくゆくは五代目猿之助として、澤瀉屋の座頭を任せられる存在になってほしい」(後援会関係者)

'11年9月、襲名会見で歌舞伎への思いを語った中車こと香川、長男の團子、父の猿翁

 それこそが香川の悲願だった。しかし2月上旬の『週刊女性』取材の際に、かつて強く望んだ息子の猿之助襲名については、

「無責任なことを申してしまったかもしれません」

 とトーンダウンしていた。

離婚の“負い目”を背負って風当たりも強い中、團子に“自由にしなさい”という、せめてもの贖罪だったのかもしれません。そして現代劇俳優として唯一無二の地位を築いている彼が、今の歌舞伎界では小さな存在でしかない市川中車を返上してもおかしくはない」(芸能プロ関係者)

 しかし、喜熨斗氏はそんな心配の声を否定する。

「いろいろなケースを想定して、すべてを乗り切る覚悟があって離婚に踏み切ったのでしょう。それにひとりの大人として“歌舞伎役者になろうと思いましたが、やっぱり辞めます”とは絶対に言えません。言うつもりもないでしょう。歌舞伎役者としてやっていくという決心は、今でも揺らいでいないと思います」

 やはり、歌舞伎役者としてのいちばんの拠り所は息子なのだろうか。

今、父子をつなぐ唯一の接点が歌舞伎なのです。それは疎遠になった香川と先代の間にはないものでした。團子と離れないためにも、彼はしがみついてでも舞台で親父の背中を見せ続けますよ。そして息子が立派な俳優へと成長していくさまを見守っていくことでしょう」(梨園関係者)

 言葉は交わさずとも、わかり合えるのが父と子だ。