妻とは離れ、ひとり漁村でボランティア

【2拠点生活】千葉⇔三重/佐藤力生さん
家族構成=妻、娘2人(千葉在住) ●住まい=一戸建て空き家(家賃2万円) ●生活費=保険や税金含め、年間100万円前後 ●移住先の決め手=漁師町への憧れ ●きっかけ=水産庁退職後、仕事でかかわった現場で実際に生活をしてみたくて ●活動=高齢者・漁村体験ワーキングホリデーの運営、魚市場の雑務をお手伝い(賃金なし) ●2拠点生活=10か月半は答志島に、年末年始の1か月半は千葉に帰る。妻も年3回島に遊びに来る

 三重県鳥羽市の離島、答志島。港に降り立つと、ワカメの山を前に黙々と作業する人々の姿が目に飛び込む。夫婦や家族単位で営む漁師は約40軒。海岸沿いにずらりと並ぶ漁師町の光景に圧倒される。

健康なら90歳のおばあちゃんでも現役。老後という概念がここにはないんです

 漁師の生き方にそう敬意を示すのは佐藤力生さん。

定年退職後、単身で三重県答志島に移住。二拠点生活を送る佐藤力生さん
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 水産庁を定年退職後、単身で移住。三重県内を転々とし、牡蠣むきなどの仕事を手伝った。答志島に来たのは2年前。こんな意識が芽生えたころだ。

漁師の仕事そのものにも憧れていましたが、元役人の僕だからできる課題解決の仕事があると気づいたんです

 目をつけたのは、高齢化による漁業者の人手不足。特に毎年春は塩ワカメ作りの多忙期で、カットや茎抜きなど単純作業に追われる。

 そこで昨年、離島センターの補助金40万円を元手に、日本初となる『漁業版ワーキングホリデー結』を創設。対象は60歳以上の都会の高齢者。泊まり込みで最大1週間、手伝ってもらう仕組みだ。無報酬で、旅費も自己負担だが、めったにできない体験を目的に全国から高齢者が集まる。

僕自身、漁村で“人のためになる役割”があることに生きがいを感じた。都会の高齢者こそ、それを必要としているのではないか、と。互助関係が成立すると思いました

 都会の高齢者に生きがいを提供し、漁村も楽になる。その狙いは的中し、計17人が参加。漁業の面白さはもちろん、漁師との交流目当てに、3回参加したリピーターまで現れた。

 佐藤さんは、このプロジェクトを移住後すぐには提案せず、1年寝かせたのだという。

たとえ正論でも、よそ者の意見は誰も聞かない。手伝いをしながら“ただいつもそこにいる”1年を過ごしました。地域の役に立っていれば、いつか受け入れてもらえます

 移住当初から変わらず、市場の荷出しや競りの片づけなど島の雑務を自主的にやる。そして夕方になると漁師小屋の飲み会にひょっこり顔を出す。酒で饒舌になる佐藤さんは、漁師から“お調子者、変わり者”と笑っていじられる。

「あいつはひとりもんかい?」とウワサも立ったが、実は千葉の実家には妻がいて、2拠点生活中。年末年始の1か月半だけ千葉に帰る。一方、千葉でパートの仕事をする妻も、年3回、島に遊びに来る。

「定年退職後すぐ、女房とイタリア旅行を楽しみました。でも、やっぱり役人をしていたころから“現場(漁師町)をもっと知りたい”という思いがあってね。女房が来ると、漁師さんが言うんです。“旦那が手伝ってくれて助かる”って。さんざん好き勝手してきて、諦められたのかな(笑)」

参加者の60代女性2人は大学時代の友人。「新鮮な体験ばかり」と笑顔を見せる

 島に妻を呼び寄せるつもりも、ここで一生暮らすつもりもない。そう強調する。

「健康な身体じゃなくなったら、千葉に帰るつもりです。現役時代の約36年、税金を納めた都会に世話してもらうのが筋。島に迷惑をかけたくないですからね」

 佐藤さんの脳裏にはいつも、漁村で出会ったひとりの老女の姿がある。生涯働くこと、死ぬまで役割のあること、その喜びを、語らず背中で教えてくれた人だ。

「押し車につかまらないと歩けないほど弱っていたおばあさんが、座ったまま魚の選別作業をするんです。亡くなる日の朝まで毎日。十分働いたんだから休めばいいのにと思いました。でも、充実した老後の過ごし方とはこのことか、って後になってわかった」

 人の役に立つ。それこそが人間が幸せを感じる最高の道。

 スタートしたばかりの『結』の展望をこう明かす。

「常時10人手伝いに来てくれる状態を目指します。それで漁業の仕事が回るようになって初めて、若い人が安心して移住して来られる。今はまだ後継ぎが来ても、厳しい現実があるだけですから」

 今年、佐藤さんの活動に注目した鳥羽市から「移住・定住希望者の体験コースも作ってほしい」と依頼があった。親子や、漁師志望の若者計7人が参加したという。先の未来も見据えた挑戦はまだ始まったばかりだ。