全ては“前座”だった

 ところが4人目、ブラジリアン柔術のリダ・ハイサム・アイザックには勝ちはしたものの、彼の指が目に入り、ここで持ち前の勝気にスイッチオン! 朝青龍、現役時代さながらにムッとし、直後には「目にパンチくらわしやがって 火が付いた!!」とツイート。自ら煽って、盛り上げるねぇ。

 でも5人目の覆面プロレスラー、スーパー・ササダンゴ・マシンが取組前に「朝青龍を押し出すためのマネジメントに関する考察」とパワポでプレゼン。かつての天敵(?)内館先生ネタまで繰り出し(覆面破ると実は内館先生!とか)場内を爆笑に包みこんだ。もちろん朝青龍が圧勝したけど、ササダンゴには賞金を一部あげて良かったかもしれない。

 そして終盤、アメフト日本代表の清家拓也は「強烈なタックル」で立ち合い勝ちするのでは? と言われたものの、やはり立って「横綱のまわしを取りに行く」のは素人には無理難題。

 相撲とはただスピードがある、パワーがあるだけでは取れない武道だとよくわかった。それは7人目の挑戦者、野獣ボブ・サップでも同様。かつてK-1で横綱・曙を破った彼だけど、全く歯が立たない。水を付けるひしゃくを歯で噛み切って壊しても「パフォーマンス」は土俵では浮きまくりなだけだ。

 しかし、申し訳ない。そうした全ては「前座」だった。

 本番は8戦目の元大関・琴光喜。それまで白の稽古用のまわしを締めていた朝青龍も、琴光喜と同じ本場所でも着ける黒の締め込みに変えてさがりも付けた。2人とも表情がキリリとして、7年前にタイムワープしたかのような錯覚に陥ると同時に、これぞ相撲! の空気に一気に変わった。

 ああ、これだ、これ。これが相撲だ。私が見たいのはこれだ! 私は相撲が好きだ、相撲を愛してる。

 見てる私も思いがあふれて爆発しそうになった。

 突然の引退で、それぞれ土俵に思いを残していた2人。琴光喜は朝青龍が引退した数か月後、野球賭博で解雇処分に。2014年まで相撲界への復帰を目指して裁判で協会と争っていた経緯もある(しかし東京高裁で敗訴)。それだけに2人が土俵に、この一番にかける思いは大きかった。

 仕切りの一つ一つ、塵手水(ちりちょうず)も四股も、蹲踞の姿勢にだって、万感の思いがこもっている。「ああ、相撲が取れてうれしい」2人の心の声が聞こえてきそうだった。