1月2日に着物姿で皇居に入った愛子さまだが、2日後に発熱された

 昨年12月の雅子さまのお誕生日では、次のように文書で感想を寄せられていた。

《できることが少しずつ増えてきましたことを有り難く、また、嬉しく思い、今後とも、快復に向けての努力を続けていきたいと思っております》

 皇太子さまの即位が来年5月1日に確定し、政府では皇位継承に関する準備委員会が立ち上がるなど、刻一刻とお代替わりの日が近づいていることも今回の出席につながったのだろう。

 一方で、とある皇室担当記者は、新年の“快挙”には愛子さまも関係していると話す。

昨年末の東宮職医師団の見解では、まだ雅子さまはご体調に波がおありだと発表しています。しかし、昨夏以降のように公務へのお出ましが増えたことが自信となり、次の公務の出席につながるといういい循環に入っておられるようです。愛子さまが高校生活に慣れて、自分の力で学校生活を楽しく送られていることも背景としてあると思います

 そんな愛子さまは、『講書始の儀』の数日前に体調を崩されていた。

「1月4日から冬休みを利用して、友人たちとスキー合宿に参加するため、長野県・奥志賀高原に滞在されていましたが、初日に発熱を伴って、医師にインフルエンザと診断されました。

 6日までに熱が下がるなど症状は安定して同日に帰京されましたが、9日から始まった3学期は数日間、休まれたようです」(東宮職関係者)

 '16年秋に愛子さまが体調を崩して学校を長期欠席された際には、看病によるお疲れを理由に岩手県での『障害者スポーツ大会』の開会式などを直前でキャンセルされたこともあった雅子さま。

 昨秋は、愛媛県での同大会に皇太子さまだけが出席されており、同日に愛子さまの高校の文化祭に2日間連続で訪れたことを“愛子さまファースト”と報じられてしまったのだが、今回は“公務優先”の姿勢をお見せになったのだ。

過去には、公務よりも愛子さまを優先していたことが世間から批判の的になったこともありました。

 しかし、今回のように愛子さまがご病気で休まれているさなかにも、重要な宮中行事に出席されるお姿からは、強い“覚悟”と“決意”が感じられましたね」(渡邉さん)

 15年ぶりに“45分の壁”を崩した雅子さまは、愛子さまの成長とともに歩みを進められている─。