田中は現在、兵庫県を拠点にして練習しており、後輩たちのいい兄貴分となっている。

刑事の膝に座る昌磨

「休みの日など、後輩を2~3人連れて銭湯に出かけていくんです。面倒見がよくて、昨年の年末に地元・倉敷のリンクに帰って五輪出場の報告がてら滑り納めをしたときは、小さい子たちに囲まれて大人気だったそうです」(同・スケート連盟関係者)

宇野昌磨(写真/共同通信)

 田中は子どもたちだけではなく、3歳年下の宇野に対しても、兄のように接しているという。

「ジュニア時代の宇野くんは田中くんのあとをくっついて歩いていました。宿泊先で同じ部屋になると、彼が遠征に慣れない宇野くんに洗濯を教えている姿を見たことも。宇野くんのコーチが“いつもごめんね”と恐縮していました。田中くんは“僕がやるんで、大丈夫です”と胸を張り、兄というより頼れるお父さんのような感じでした(笑)」(スポーツライター)

 家に帰れない試合の夜は、カードゲームの『遊戯王』で対戦。会場はもっぱら、ホテルの田中の部屋だそう。

田中選手はきれい好きで、部屋がすごく居心地がいいんだそうです(笑)。'16年に行われた四大陸選手権では、フリーを終えてウェイティングルームに残ったときに田中選手のひざに宇野選手がちょこんと座ってたところがテレビに映っていました。本当にお父さんと子どもみたいでしたよ」(前出・スポーツ紙記者)

 田中が宇野を放っておけない理由のひとつが、彼が“不思議ちゃん”だということ。

「スケートが好きすぎてほかのことに興味がないのかも(笑)。食事は大好きな肉ばかりで、野菜は年に数回しか食べないという子どもみたいなところがあるんです」(前出・スケート連盟関係者)

 幼いころから天才少年ともてはやされた宇野は、常人とはかけ離れた感性を持っているのかもしれない。初めて彼がリンクにやってきたときのことを、名古屋スポーツセンター営業部の堤孝弘さんは今も覚えている。

「昌磨が3歳のときですね。普通はその年だと父母の手を借りないと滑れません。だけど、彼はすぐに氷の上をトントントントンと、歩いていましたね。思わず“えっ!”と声をあげてしまいましたよ。まったく氷を怖がっていませんでしたから」

 それを見た浅田真央も驚き、

「フィギュアやりなよ」

 と、声をかけて可愛がったというのは有名な話だ。