希望の架け橋弁当は2月末、仙台市内で実演販売。写真左は2人を指導した小山和美教諭
希望の架け橋弁当は2月末、仙台市内で実演販売。写真左は2人を指導した小山和美教諭
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 同コンテストをきっかけに気仙沼のよさを再確認できたという吉田さん。

「仙台の写真専門学校に進学します。将来はカメラマンになって、気仙沼のいいところや海産物、景色を温かな雰囲気の写真で撮り、紹介したい」

 一方の熊谷さんは、

「理容師になるのがです。 腕のいい理容師になり、喜んでもらえるお店を作り、みんなに恩返しがしたい」

 と将来設計は明確だ。

 震災から7年。

「高台にある学校の校庭から津波を見ました。海沿いの友達の家が流されて……」

 今も生々しく吉田さんの胸に焼きつく、その日の記憶。

 熊谷さんも遠くを見るような視線を宙に漂わせ、

「震災の日、いろんな音がしていたことを覚えています。痛がっている声、助けを求めている声、いまだに怖いです」

 と小声でつぶやく。

 町は動き続け、2人も将来に向け気仙沼から巣立つ。

「新しくできたお店で遊んだり、新しい思い出も増えています。でも、震災前の景色を思い出せないことが寂しい」

 という熊谷さんは、弁当コンテストで発揮できた吉田さんとのコンビネーションの復活をこう見る。

「私がモデルさんにヘアメイクをして、撮影は安ちゃん。気仙沼を舞台に、2人で作品が作れたらって思います」